07


「あーっ!ティッキー、ミナまで巻き添えにしたぁー!」

「悪りぃって。でも弱い奴はすぐに死ぬ、そう決まってんだろ?」

「そうだけどぉ………ねぇ、あれ…何?」



ロードがぶすぅと膨れるが、何かを見つけたのかそこをずっと見ている。それにつられたティキもロードの指す方向に目線を向けた。


チリチリとティキの能力で作り上げた真空が燃えている。周りには灰色の燃えカスがふわりと舞う。



一ノしゅ爆散エクス・プロシオン



周りが戸惑う中、ミナの声はよく響いた。ミナの言葉が聴こえた後ドンッ!と音を立ててミナの居た場所には大きな穴が出来た。


そこからヒュッと人影が飛ぶ。クルリと弧を描きながらタンッとまるでティキのように空中に立った。



「……何者だよ…」

「………ただのエクソシスト、だよ」



ニコリ、なんの感情も籠っていない笑みを浮かべるとコツコツと靴音を立てながら歩き出すミナを、訝しげに目で追いかけるティキ。


しかしティキはすぐに目を離してまだ真空の中にいるアレンの元に歩を進めた。



「く…っ」

「リナリーさん?」

「もうイヤ…もうイヤだよ……。こんなところでただ…戦ってる仲間を見てるだけなんて…」



涙を浮かべながらリナリーは立ち上がると、ガクガクと震える足に鞭を打ってロードに閉じ込められた壁を壊そうと力強く蹴った。


何度も、何度も、何度も。



「……ムダだよリナリー。イノセンスも発動してないそんな足じゃね…」



ロードはいつもの笑顔を仕舞い、無表情でリナリーを否定した。



「ちょ…っ、リナリーさん!! 足が…!」

「はなして……」

「こんなことしてたら足が潰れます!今のあなたは戦える力を失ってるんでしょう!?」



「それでも、私はエクソシストなの………。戦う為に、私は在るの…」


「それでも私は死神だから。戦う為に、あの人の戻れる居場所を護る為に、私は刀を握るの」




「っ、ぁ、ゔ…ケホッ、」



強烈な吐き気がミナを襲う。ガクンと足の力がなくなり跪いてしまう。


――"死神"


そのフレーズが、頭から離れない。どうしてこんなにも懐かしいの。



ドォン!とアレンが真空を斬り裂いたのと同時に、ミナの意識は何かに吸い込まれるようにシャットアウトした。




「……ミナ?…ミナっ!」



いきなり上から落ちてきたミナをロードは受け止める。そしてリナリーやラビと同じように自身の能力で囲った。

クタリと動かなくなったミナ。目も固く閉じられてピクリともしない。



「……ロード、その子…大丈夫なの…?」

「分かんない…ていうかリナリーはミナのこと嫌いなんじゃなかったのぉ?」

「……中央庁から来たって聞いた時は怖かったし、とても嫌いだったけど…でも、彼女も……ミナも私たちと同じエクソシストだもの」



ふ、と目の端に涙を溜めながら笑ったリナリーは、ポロリと一粒の雫を零したミナを確かに見た。


けれどすぐにアレンから恐怖を感じてパッとミナから視線を外す。


ミナは、まだ目覚めない。









「……ここ、は、」

「貴方様が此処に来るのは何年振りでしょうか、我が主よ」

「……だれ、って、え…!? ッ炎珠!!?」



火に囲まれた空間に佇んでいたのはミナのイノセンスである炎珠だった。

炎のような真っ赤な髪を腰まで伸ばしてそれを一つに纏め、その髪よりも赤い、紅い瞳を細めた炎珠は、まだ完璧に思い出していない自身の主であるミナを哀しげに見つめる。



「何でこんな所に……早く戻らないと!」

「いえ、このまま主をお戻しする訳にはいきません」

「…なんで、」

「主が早く"全て"を思い出さないと、ここは火の海になってしまう。そして二度と主は"全て"を忘れたままになってしまいます」



炎珠の言葉に合わせるようにボウッ!と火が激しく燃え盛る。何を言っているのか理解出来ないミナは焦った声を挙げてしまう。



「思い出せって…っ思い出し方が分からないんだもの!どうしたら…」

「いえ、主は思い出すことに抑制を掛けています」

「掛けてなんかッ!」

「受け入れてください。主が護るべき者を、主の本当の居場所を、姿を。



あの100年間の辛さを、再会の喜びを。裏切りの恐怖を、平和の嬉しさを」



ふわり、

ふわり、



純白の羽が、真っ赤な炎の中舞い上がる。


それに合わせてぽたり、ポタリとミナの頬に涙が伝っていく。



「お、久しぶりに――使っとんねんな」

「たまには使ってあげないと、拗ねちゃうから!」

「あたしは炎珠も好きだけど、やっぱり――も好きね!この羽が幻想的なのよねぇ」

「ふふ、まあもともと炎珠は――の仮の名前だからね。けどもう今では別々の人格みたいになっちゃった!」




聴こえない

そこだけノイズがかかったみたいだ

本当の名前を呼ばないと

私の……私の、――…なに?

イノセンス?違う

なら、なに?




「お、斬――の名前知ったんか?」

「うんっ!やっとだよ!」

「ほぉー、よう頑張ったな」

「うははっ!でしょでしょっ!」

「……で、名前は何なん?」

「ふふっ、私の斬――うの名前はね、」











"杏樹あんじゅ、私の斬魄刀は杏樹って名前なの"




―――思い、出した



「あん、じゅ、」

「………あぁ」

「杏樹……っ!」

「…久しいな、我が主よ」

「ごめん…、っまさか、忘れるなんて…!」



ミナの斬魄刀の名は、杏樹。
炎珠は杏樹の仮の名前だった。しかし本当の名前を呼んだ今、周りで燃えていた炎はブワッと消え、真っ白な羽で包まれていた。


目の前にいる人物も炎珠の象徴であった赤はなくなり、杏樹、所謂天使を想像するような白へと変貌した。


燃え盛る赤色の髪は、純白に輝く白へ。その髪よりも濃かった赤かった瞳は、血のような紅へ。



「主が全てを忘れたと知って、もう呼ばれることもないのだと思っていた」

「…もう、忘れないよ」



にはは、と笑ったその表情は今までとは違っていた。


シャンと背筋を伸ばして立ったミナは、まさしく"護廷十三隊五番隊第四席 白崎ミナ"だった。



「……杏樹、こんな頼りない主だけど…着いて来てくれる?」



杏樹がなんて答えるのかわかっているくせに、敢えて尋ねるミナに杏樹はクスリと微笑み、ミナの前に跪いて自身の主の手を掬い取り、ちゅ、と口付けた。


まるで、誓いの儀式のように。



「…主が死ぬまで、主の手足となり忠誠を誓おう」



その言葉がキーワードだったかのように、羽が重力に逆らい上へ上へと物凄いスピードで上がっていく。


羽がミナの視界を覆いつくすと、ミナの意識は光りに包まれた。