▼ 03
タンタンタン、と屋根の上を走る。そのすぐ側にはオォオォォオ、と妖の声が。
『今日もよく時化るな…やっぱりあの風穴のせいか……仕方ない。
諱を握りてここに留めん。仮名を以て我が僕とす。我が命にて神器となさん。来い、陽器(ようき)!』
その言葉に今まで後ろを走っていた陽弥は私の伸ばした手の中に収まる。黒刀、それが陽器。
逃げまどっていた足をキィイッと止めて、妖を待つ。
《…いいによい》
『それはよかった』
ガパァと口を開けた瞬間に私は飛び、妖を斬る。その大きさからか流石に一太刀では死ななかったようで、さらに喚きながら向かってくる。
『あーもう、しつこいのは嫌われるよ…っと!』
トン、と妖の頭に足を着けるとそのまま脳天に刀を突き刺した。妖は痛みからかもがき苦しみ、消えていった。
『ふう……陽(はる)、』
名を呼ぶとシュンと人に戻る。よし、と帰ろうとしたそのとき、
『………夜ト?』
何故か夜トの気配を感じた。あれ、どうしてこんなに嫌な気がするんだろう。
「…行ってみるか」
『…ん、』
帰ろうとしていた踵を戻し、私たちは夜トを探しに闇夜を走った。
『はっ、は……こふっちゃん!大黒!―――っ夜ト、夜ト…!?』
着いた先はこふっちゃんのお社で、境内に入るとすぐに視界に入ったのは倒れてる夜ト。その体にはヤスミが途轍もなく広がっている。
『や、やだよ……夜トっ!』
「触るな李卯!」
私をグイッと背中で庇うと、指を矛の形にして一線を引いた。そうだ、これは…
『っ、陽弥、』
「分かってる。…大黒がいないのを見ると、神器を探しに行ったか」
『…そう、みたいだね……』
そこで私はボーッと立ち尽くす雪音君を見る。彼はまだ自分のせいで夜トが苦しんでる、という自覚はないみたいだ。
『……っ、』
ギリ、と痛いくらいに拳を握りしめる。何で夜トは雪音君を斬らないの。早くしないと夜トが、
目に薄い水の膜が張った時、大黒が一人の神器を連れて帰ってきた。
「大黒!」
「なっ…陽弥!?李卯も…」
「禊なら俺も、」
「失礼!」
陽弥の言葉を遮ったのは、毘沙門の神器の一人である兆麻。どうやら彼も夜トの禊のために来たようで、
『かずま、』
「お久しぶりです、李卯さん」
『うん…ありがとう』
「…いえ、さっきも言いました通り…僕には借りがありますから」
にこりと微笑んだ兆麻は、夜トの背中を見る。そこは相当ヤスんでいて、それだけでもう夜トには時間がないことも見て取れる。
「大黒、俺もやる。三人より四人でやった方がいいだろ」
「ああ、助かる」
「夜ト!雪音の名を取って破門にしろ!こんなに重篤じゃとてももたない!」
兆麻のその言葉にも夜トは首をふんぶんと振るだけ。それに何でだと疑問を持つのはきっと私と陽弥以外だと思う。
…夜トが、自分で見つけて自分で名前を付けた神器。それは、とても重要な意味を持つ。
『……緋(ひいろ)、』
きっと今もどこかで見てるんだろう。意地の悪い彼女のことだ。クスクスと笑い声でも聞こえてきそうな暗闇から私は目を背け、とうとう禊が始まったのをジッと見つめた。
途中で血を吐いた夜トの側に近寄り、いつものようにトントンと背中を叩く。
『夜ト、夜ト……死ぬなんて嫌だからね』
「ガハッ…れ、が、」
『…ん、ほら…名前呼んだげて…?』
「ッ、」
私の台詞に夜トはぼんやりと雪音君の鎖骨らへんにある"雪"の文字を見つめた。そう、夜ト…彼の名前を呼んで。
すると壱岐さんが雪音君に必死に語りかける。ハッと息を吐いた私も、ゆるりと夜トの頭を撫でてからそこに近づいた。
「なっ…李卯!駄目だ!さがってろ!」
陽弥のそんな声も聞こえない振りをして、ソッとその結界のような壁に触れた。
妖に転じそうな雪音君を見上げ、
『……お願い、彼岸(そっち)に行かないで』
「李卯さん…!?」
『夜トが見つけたんでしょう?君を…。"雪音"って名前も付けてくれたんでしょ?だったら、』
ドン、と拳を握りしめて叩きつける。痛い、けどこれより痛いものを私は知ってる。それを今、夜トが、雪音君が味わってるんだ。
『だったらもっと夜トを見て!信じて!君は夜トの神器なんでしょ…!?君が、雪音君が夜トの道標になるんだから…っ夜トを、殺さないで…!
雪音君は、夜トの唯一の神器なんだから…!』
雪音君はポタリ、と一つ涙を流す。まだ大丈夫、まだ向こうには行ってない。
「っ夜トは、雪音君に裏切られて刺され続けてもずっと耐えてたのよ…!そんな人をまだ裏切るんなら……もう友達じゃないからね!!」
壱岐さんの言葉は雪音君に届いたらしく、彼の背中から生えていた黒い翼はシュウウと音を立てながら消えていく。
それを見た夜トはぶはっと血を吐き、
「雪音ぇ!!おまえには人の名を授けた。だからっ…、
人として生きろ!!」
どうやら夜トの言葉がやっと響き、雪音君はごめんなさい、と小さく呟いてから今までの事を全部吐いた。
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