Side of You | ナノ

 01


あれから、李卯は一人毘沙門天の所には行かず、高天原にある自分の社へと帰った。



「李卯!おま、何一人で無茶して……、」



陽弥が慌てて李卯を出迎えて声を荒げるが、そこにいた主の姿に言葉を失ってしまった。

白虎の背に乗る李卯は憔悴しきっていたからだ。それを後ろから支えるのは人型の玄武。



「……はる、や…」



小さく呼ばれた名前。それに陽弥はハッとなり、今にも白虎の背から落ちそうになる李卯を抱きかかえた。白虎はすぐに人型になり、玄武とともに事の詳細を口にする。

行方をくらましていた禍津神である夜ト神は、恵比寿と一緒に黄泉にいたこと。恵比寿は天に討たれ、代替わりしたこと。未だ捕まったままの夜ト神を救うべく、毘沙門天とその神器、そして玄武が黄泉への入ったこと。

語り終えた二人は、漸く肩の力を抜いて己の主へと視線を移す。



「李卯様は、今回何も出来なかったご自分を責めておいでだ…。俺たちじゃあ……とてもじゃないけど…」

「…あの、恵比寿の死を看取ったのは他でもない李卯なんだ。…恵比寿と李卯との間にあった縁は、陽弥ならよく知ってるだろ?」

「……あぁ、……よく、知ってるよ…」



思わず声が震えた。

どうして、俺は大事な時に主の側にいなかった?
どうして、こんなちっぽけな望みが叶わない?


――恵比寿様と李卯が、これからもくだらない言い合いをしてくれたらいいな


柄にもなくそう願ったはずなのに。

どうして、叶わないんだ。



「…ありがとな、白虎、玄武。…本当に、ありがとう……」



そう言って李卯を横抱きにして中に入ろうとした陽弥を呼び止めたのは、白虎だ。

白虎は碧い目で陽弥の後ろ姿を一心に見つめる。



「お前も、自分を責めんなよ。そこに居なかったことを後悔してぐちぐちするより、さっさと李卯のことを安心させてやれ!いいな!」



怒り口調で陽弥に軽い説教をした白虎は、神獣姿に戻ってすぐさま消えた。残った玄武は突然行ってしまった白虎に慌て戸惑うが、まだそこで立ち止まってる陽弥に向かって声をかけた。



「…んな顔してたら、李卯様にも美弥にも笑われるぞ!陽弥、お前は李卯様の祝で、道標なんだ!
お前が迷ってどうすんだよ!バーカ!」



子どもっぽい玄武は最後に子どものような台詞を吐いて、人型のまま消えた。陽弥は暫くその場にいたが、やがて背筋を伸ばしてゆっくりと中に入っていった。
















毘沙門天の社では、夜トや毘沙門天達が勝負事をしていた。

福の神を目指す事にした夜トは、長年繋がってきた野良――緋の名前を放ち、今では雪音一筋だ。

そうして夜トが兆麻との過去をぶっちゃけたり、雪音が術を仕掛けたりとなんとも楽しそうだ。



「失礼致します」



そんな雰囲気の中やって来たのは、東を司る四神――青龍。次いで朱雀、玄武、白虎とその横に並んだ。

突然現れた四神に、その場に居る者は唖然とする。それも当たり前だ。本来四神はその姿をあまり公に晒すことはない。四人全員が揃うなど、李卯の御前以外はないのだから。



「おっ、久しぶりだなー!あ、玄武!この前は助けてくれてありがとな!」

「いーえっ!李卯様のご命令があらば、たとえどんな奴でも助けるって!」

「ちょっと玄武。品位がないわよ」

「べっつにいーじゃん」

「李卯様の品格に関わるのよ。きちんとしなさい!」



朱雀の言葉に、玄武は確かに、と頷いた。その頷きを見た朱雀は興味なさげな白虎へと目をやり、そのまま口を閉じた。



「先の諍いでは、其方のお方が玄武を助けて下さったようで」

「……へ、わ、私!? い、いえ!! その、名前を呼んだだけですから!」

「だが、救っていただいたことには変わりない。感謝する」



頭を下げることはなかったが、それでもその感謝は翠色の目から滲み出ていた。ひよりもいきなりのことに戸惑ってはいたが、その言葉に照れくさそうに笑った。



「んで、李卯は?アイツ毘沙門のとこに居なかったよな?」

「李卯様はご自身の社で休んでおられる。今は陽弥が一緒だ、心配ない」

「ハァ!? いやいやいや、俺も行く!アイツにはまだ礼もしてねぇし!」

「余計なことはなさるな、禍津神よ」



バッと立ち上がった夜トに、青龍は厳しい言葉を投げかける。それに従うように、朱雀、玄武、白虎が立ち塞がる。



「禍津神、今日は其方に暫く李卯様には会われぬよう進言しに来たのだ」

「…進言?」

「そうよ。貴方が李卯様に今まで何をもたらした?幸せを運ぶなら兎も角、貴方の所為で李卯様は負わなくてもいいお怪我をされ、今も苦痛を味わっていらっしゃる…」



四神は皆、知っているのだ。

夜トが野良を放ったことを。

何故ならば、今現在夜トの代わりに人斬りをしているのは、他でもない李卯だから。



「貴方の勝手な望みと平穏の為に、犠牲になるお方がいらっしゃるということ…肝に銘じておくことね」

「ちょっと待て!それってどういう意味だ!?」

「自分で考えればー?無い脳味噌でさ」



ケラケラと笑う玄武だが、眼は笑っていない。その奥に潜むは、怒りだ。



「まぁ、禍津神が福の神を目指そうとか正直どうでもいいし、頑張れば?って感じだけど…李卯が関わるなら話は別」



今まで黙っていた白虎が目を閉じながら言葉を紡ぐ。そしてゆるりとその目を開け、夜トのみならず毘沙門天や神器達、ひよりや恵比寿までもを碧の目で捕らえる。



「李卯が泣いたら、殺すよ?お前ら全員」



脅しなどでは無いそれは、大いなる恐怖を与えた。特にひよりは人間。一気に襲ってきたとてつもない殺気に、過呼吸に陥る。



「白虎、やり過ぎだ。ましてや壱岐殿は此岸の者。あまり不躾に殺気を飛ばせば李卯様に御迷惑がかかる」

「んー」



分かっているのかいないのか、曖昧な返事をする白虎にやれやれと頭を振る青龍。けれど、もうここには用がないのか、青龍は衣を翻しながら夜ト達に背を向けた。



「だが、覚えておけ、禍津神とその他の神々、神器らよ。白虎の言葉は嘘ではなく、真だ。李卯様を傷つける者は例えどのような輩だとて容赦はしない。それをゆめゆめ忘れるな」



ギロリ、と翠の目を光らせて威圧する青龍は、その後シュン…と消えた。それに続くように朱雀、玄武、白虎も音もなく消えた。








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