▼ 05
黄泉比良坂に着いた李卯は、白虎の背中から降りる。すぐに白虎は人型になり、その金の目を心配そうに李卯へ向ける。
その心配を拭おうと、李卯は優しく白虎の頭を撫でた。
「…本当に行くの?」
『うん…、きっと、ここにいるから』
ざわり、ざわり、と胸が疼く。風穴を開けるには神器がいるが、神獣でも風穴を開ける事が出来る。
意を決して白虎に頼もうとした瞬間、近くで風穴が開いた。
「李卯!!」
『ッ、うん!』
すぐに獣の姿に戻った白虎の背に来た時と同じ様に跨る。すると白虎はすぐに地を蹴り、風穴の元まで走った。
黄泉から帰り、地面に倒れこんだ恵比寿は、ちゃんと言の葉を握っている事をまず確認した。
けれど、すぐに夜トが戻ってきていない事に気付き、慌てて起き上がる。
「なぜ、そうまでして私なんかを…」
そこまで呟いて、恵比寿は空が怪しい事に気付く。ドン、ドン、と鳴るのは自分の心臓が、それとも…――、
「…まいったな…。天は私を否と判じたらしい…」
恵比寿は頭から血を流して笑う。
「妖に魅入られし術師・恵比寿。禁忌を犯した罪禊ぎ払いて。しばし隠れ宮に移られよ」
「…名乗る気もない…か。これも命運、…と、以前なら受け入れていただろうが、死ぬなと言われたら、欲が出てしまった…。
今は時間すら惜しい…」
言の葉をポケットに押し込み、空を仰ぐ。脳裏によぎるのは先程まで一緒に居た夜トと、
いつも啀み合う、李卯の姿だった。
「
射ッ!!」
飛んできた矢の数々に、恵比寿は臆する事なく前方を睨む。立っているのすらやっとの筈なのに。
「護れ」
《御意》
恵比寿の言葉に反応したのは、妖。それも面をつけていない妖だ。これが、言の葉の力。
現れた妖は飛んできた矢をいとも簡単に噛み壊す。
「やはり妖を使役しているぞ!」
「汚らわしい…」
「本性を現したな、術師め。
出でよ黄器!!」
その名に応えるように空に浮かんだのは、雷の龍だった。即ちそれを呼んだ天に浮かぶ者は、
――タケミカヅチ
黄器により発せられた雷は現世まで巻き込む。それに気を取られた恵比寿に雷が刃となって襲ったが、
その一撃を振り払ったのは、紛れもなく武神・毘沙門天だった。
その後、毘沙門天は兆器を使い、黄器に攻撃を仕掛ける。見事黄器は傷ついたが、それに気を取られてしまい、本来護るべき恵比寿から目を離してしまった。
そこへ、白虎の背に乗った李卯が空から駆けつけてきた。恵比寿の姿を見つけてその名前を呼ぼうとするが、そのすぐ近くに居た子供の存在に李卯の頭は真っ白になった。
『恵比寿!!!』その声は、確かに恵比寿に届いていた。カチ、と言うスイッチ音と共に子供は爆発したが、その一瞬の隙をついて恵比寿は唯一残った邦弥を戻したのだ。
しかし、その爆発で恵比寿は大きく後ろへ飛ばされた。――体に大きな傷を負って。
邦弥は白い鳥により、タケミカヅチの元へ連れ去られてしまった。それを見ていたのは、李卯と白虎だけ。
「恵比寿!!」
毘沙門天の恵比寿を呼ぶ声にハッとなり、李卯は白虎と共に恵比寿の近くに降り立った。そしてすぐに白虎の背中から降りて恵比寿の元へ。
『え、ッ恵比寿!!』
「李卯!? お前やはりここへ…」
『恵比寿、ッばか!なんで、…〜〜ッッ、死ぬな、死ぬな恵比寿!!』
必死に恵比寿の名前を呼び、死ぬなと言い続ける李卯。その事に恵比寿は李卯を夜トと重ねる。
「大丈夫だ恵比寿…。我々は、また会える!おまえは蘇る!! だから安心して…」
『違う!』
毘沙門天の言葉を否定して、ぐっと恵比寿の両頬に手を添える李卯は、ぽたぽたと涙を零して恵比寿に言葉を投げかける。
『あんたが死んだら意味がない!こうまで、ッ黄泉に行ってまでしたかった事があるんでしょ!? こんな、こんな所で諦める恵比寿なんて知らない!!』
お願い、死なないで
今までの事をなかったことにしないで
逝かないで、恵比寿
「…李卯、っ……李卯…!私は、お前と過ごす日々が、何よりも…愛おし、かった…!」
『、っえび、』
「…死にたくない…!李卯を置いて…!」
決して泣くことのなかった恵比寿が、涙を流してそう言った。
けれど、その想いも虚しく散る。
ゴバッ!と恵比寿の体が弾け、その場には恵比寿が来ていた服と、血しか残らなかった。
『…えび、…す……』
間に、合わなかった
あの時と、同じだ
李卯は、いつの間にか人型になっていた白虎に後ろから抱きしめられていることすら気付かず、ただ呆然と恵比寿だったものを眺めていた。
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