▼ 03
あれから、李卯は夜トとは会っていない。というか、小福の所にもいないみたいだ。
雪音は兆麻の元で修行を積んでいるらしい。
らしいと言うのは、李卯あまり雪音達に関わらなくなったからだ。つまり、自分の目では見ていない、ということ。
『陽弥?どうしたの?』
「…
神議があるそうだ」
『また!? この間したばかりじゃない!』
「あぁ…」
『…何か、あるね……』
湯呑みを握り締め、目を鋭く細める。やがて、覚悟を決めた李卯はぐいっと残りのお茶を飲み干して立ち上がった。
『――行こうか』
あどけない見た目に反してピリピリとした殺気を押し殺した李卯は、気が向かないまま神議へと向かった。
着いたそこは、以前と変わらず神や神器達で溢れていた。
また恵比寿に会っては堪らない、と李卯は注意深く周りを見渡すが、恵比寿どころか恵比寿の道標までいない。
まさか来ないわけがないと李卯は否定するが、それでも何か一抹の不安は拭えない。
「つかあのおっさん五月蝿ェ…」
『こら、口悪い。あの人は七福神のツートップの1人。そんな事言っちゃだめ』
「へーへー、わぁってるよ…。てか禍津神も高天原に籍持てたんなら今日来るんじゃねぇの?」
『来るだろうねぇ。夜ト、神議楽しみにしてたから』
カラカラと笑う李卯は、『こんなかたっ苦しいのに来たいなんて、夜トも酔狂だね』と毒を吐く。まあそれくらい来たくないらしい。
「あっ、りいちゃん!!」
『ぅおッ!! こ、こふっちゃん…!?』
「んもうっ、りいちゃんも最近全然うちに来てくれないから、あたし寂しかったぁ〜!」
『ごめんごめん!忙しくて…』
すりすりとすり寄ってくる小福の頭を優しく撫でる李卯。周りと一定の距離があるのは小福が貧乏神のせいなのだが、李卯は気にしていない。
「私達も久しいな、李卯」
『毘沙門、兆麻!二人も久しぶり!』
ここへ来て漸く自然に笑った李卯に、陽弥は誰にも気付かれない程度に息を吐いた。
ここの所ずっと思い詰めていたから、嫌な神議だけれど息抜きできて良かった、と。
「ねぇねぇ、李卯はエビちゃん見てない?あたしまだ挨拶してないの」
『私も見てないなぁ…、あの恵比寿が神議をすっぽかすなんて有り得ないけど…』
「恵比寿は来ないんじゃないかな…」
『毘沙門?』
どうして、と聞こうとしたが、ちょうど神議が始まってしまい、それも聞けなかった。
「皆に集まってもらったのは他でもない…、件の術師について大きな進展があった」
思いもよらなかった事に、驚いたのは李卯も例外ではなかった。皆口々に何者だ、と尋ねる。
「妖を傀儡にするには、神器らにやるように彼奴らにも名を与えねばならぬ」
「あのようなものに?」
「いったいどうやって…」
「なんとおぞましい…!」
「名付けた途端刺されるわ!」
「体が保たぬ」
言いたい放題な中、李卯の額には一筋の冷や汗が流れる。何故か、今すぐこの場から離れたくなった。
「…李卯、」
『大丈夫…』
陽弥の心配そうな顔に優しく笑い、冷や汗を拭った。
「左様…。ゆえに術師は、それに耐えうる力を有する者であろうと思われていた。
つまり、神。名の知れた、信仰篤き神…」
照らされたのは、七福神達だった。
突然の事に李卯も目を見開き、そして何かに耐えるように歯を食いしばった。
「安心しろ。そなたらが術師だと言っているのではない。が…、誰が足らんのではないか?」
――恵比寿は、どうした
ドクン、と李卯の心臓が波打つ。
問いかけに答えたのは大国主。腹を下して寝ている、と答えたが、大方それは寝ている理由が違うだろう。
「やはりな…。さすがの恵比寿も妖に名をつけては身が保たぬか…」
フッと体の力が抜けたのか、李卯はその場に尻を着く。慌てて李卯の体を支えようと陽弥がしゃがみこむが、尋常でない体の震えに驚く。
「ここにひとつの報告書がある。
“我、中つ国にて“面”を目撃す。夜半に神器を従え、結界の檻に妖を封ぜしむ者あり。
妖に名をつけ、御自ら面を手に取り、これに与えたり。その者の名は…、
――恵比寿”」
嘘だ、と叫びたかった。大国主のように誰彼構わず。だけど、神議に上がる報告書が出鱈目な訳がない。
『…ほんと、馬鹿……!』
いつだって、口悪くそう言えば相手も口悪く言い返してきたのに。
今は、その相手がいない。
やがて、早急に恵比寿邸を包囲し、家宅捜索ほ後に全神器の尋問を行うそうだ。さらに恵比寿の道司、巌弥の拘束。
以上が、今神議の総意となった。
『…毘沙門も気づいてるみたいだね』
「あぁ…、てか大丈夫か?」
『大丈夫。心配かけてごめん…。でも、ここで不和が生じたら、それこそ…』
そこまで言いかけて、李卯は何でもないと首を振った。陽弥もその続きがここで言うにはあまりにも相応しくないため、小さく頷くだけにとどめた。
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