▼ 02
神儀があった日から数日。やっと暇が出来た李卯は妖退治をしたその足で小福の社へと向かう。
『ねぇ、陽弥』
「なんだ?」
『…最近恵比寿が何考えてんのかわからないんだよね』
屋根を伝いながら思い浮かべるのは、先日久々にあった恵比寿のこと。鼻が敏感な李卯は恵比寿から微かに香ったあのきな臭い匂いがどうも気になっていたのだ。
心ここに在らずな李卯を横目で見ていた陽弥は半歩空いていた距離をグッと縮めてぐしゃぐしゃっと李卯の髪を乱した。いきなりの事に驚く李卯だが、それは陽弥なりの気遣いだとすぐに気づいて顔を綻ばせた。
『っと、着いた!』
トンっと軽い音を立てながら地面に着地する。ふと上を見上げると、雪音が窓から外を眺めていた。
『おーい、雪音君!』
「?って、李卯さん!?」
軽くジャンプして屋根に登る。驚いた様子の雪音を見て李卯は嬉しそうに笑った。そんな悪趣味な李卯を見た陽弥は「その顔やめろ」と李卯の頭を叩く。
「何でここに…」
『こふっちゃんに会いに来たの。でも居ないみたいだし…って何その大金!!』
「うわ、禍津神が金に埋れてる…貴重な光景だな」
『普段五円の音しかしないのに…』
「失礼だぞお前ら!!」
涙目になった夜トに李卯はごめんごめん、と苦笑しながら謝る。陽弥はふんっと顔を背けたが。
『それにしても…そのお金どうしたの?』
「…恵比寿に言われたんだよ。これで雪音を売ってくれって」
『恵比寿に!? …アイツ何やってるのさ…』
今にも舌打ちしそうな李卯を陽弥が宥める。夜トは普段の李卯なら考えられないその口の悪さに目を丸くして驚いていた。
それは雪音も同じだったようで、あんないい人そうな、しかもあの恵比寿を“アイツ”呼ばわりするだなんて…とまるで怖いものを見たかのような目で李卯を見た。
『で、売るの?』
「ファっ!??」
『いや…すぐに断らなかったのはそう考えてるからかなって…』
「……その金、どーすんの?」
雪音の呆れたような声は夜トにしてはグサっと来るものだろう。
「か、返すよ!あたりまえだろ!!」
「……」
慌てたような夜トの言い方に雪音はますます疑心暗鬼な目をした。するとそんな会話を打ち消すかのように、夜トの携帯が音を鳴らした。
暫く話をしていると、夜トが何とも頼りない声で雪音の名前を呼んだ。
「久々、オレに依頼が来たんだけど、こっちの人っぽいから断っちゃっていいよね?」
こっちの人って何だ、どうしてそんな人から連絡が来るんだ。
ビックリしてる李卯と陽弥は知らないのだ。まさか夜トが小福とタッグを組んでひよりの学校で好き勝手やっていたことを。更にひよりに神憑りまでして華々しい高校デビューを飾ったことを。
「行ってケツでも掘られてこい!!」そう言った雪音の目は、夜トを殺さんとする暗殺者のようなものだったと側で見ていた李卯と陽弥は後に語る。
なんだかんだと夜トと共に依頼に行った二人。とうとう暇になってしまった李卯と陽弥はお互い顔を見合わせた。
『…暇になっちゃった』
「あー、だなァ。どうする、帰るか?」
『んー…ん。そうするかなっ』
登っていた屋根から飛び降りるとちょうど小福と大黒と鉢合わせした。
『こふっちゃん!会いたかったよう!』
「りいちゃん!久しぶりだねぇ!」
むぎゅーっとお互い抱きつく二人に、神器の二人は微笑ましそうに見守る。たまにはこんな穏やかな日があってもいいんじゃないかという神器心だ。
「もう帰っちゃうの?」
『うん、また今度ゆっくり遊びに来るね』
「オッケー!その時はお茶淹れて待ってるね!大黒が!」
「おう」
「(パシられてんのに気づいてねぇのか?大黒…)」
『おお、ありがと!じゃあねー!』
「うん!りいちゃんも陽君もバイバイ!」
にこやかに腕をブンブン振る小福に手をふり返して、李卯達は自分たちの社へと帰った。
その数日後、お金は妖退治にて消費されたそうな。
『まぁ…結果オーライかな?』
「だな。てっきりその金でお社でも建てるかと思ってたが…」
『雪音君が正したんだねぇ、そんな夜トを』
「まぁ…禍津神の唯一の神器で道標だかんな、それくらいしねェとダメだろ」
『うわ、陽弥厳しい』
クスクス笑う李卯に陽弥は「うるせェ」と無防備な額にデコピンをする。軽めのそれはあまり痛くなく、李卯は笑いながら額に手を当てた。
そうして高天原で久々にのんびりとしていた李卯達だが、
「こんにちはー!」
聞き慣れた声が玄関の方から響いてきた。顔を合わせた李卯と陽弥は数秒後、コクンと同時に頷いて玄関へ向かう。するとそこには案の定と言うべきか、“御挨拶 夜ト”と書かれた蕎麦を持った夜トと雪音がにこにこした顔で立っていた。
『ど、どうしたの?てか何で高天原に…』
「こんにちは李卯様!我々この度高天原に引っ越して参りました!」
「……嘘だろ?」
夜トの口から飛び出たのは予想もしなかったもので、これにはさすがの陽弥も驚いた。
『え、夜トお社持ったの!?』
「おう!ひよりが作ってくれたんだ!それを粘りに粘って高天原に判子押させて見事!お社を持てたんだ!」
『壱岐さんが?……そっか、良かったね夜ト!』
「おう!」
一瞬だけ曇った李卯の表情に気づかず、夜トはにまにました顔で頷いた。唯一その変化に気づいたのは陽弥だ。陽弥はこれ以上一緒に居させる訳にはいかないと半ば強引に李卯の手を引っ張って中へ連れ戻した。
『はっ、陽弥!?』
「茶、冷めるぞ。蕎麦ありがとな、もう帰れ。自分の社で休め」
陽弥にしては珍しく気を利かせた言葉を並べて玄関のドアを閉めた。まだ夜トがぎゃあぎゃあ言っていたが知らんぷりだ。
そんな陽弥の行動の意味を理解出来た李卯は、困ったような笑みを浮かべて陽弥の空いている方の手を握った。
『…ありがとう、陽弥』
「……礼なんか要らねェよ」
夜トの口から嬉しそうに零れたひよりの名前に李卯は知らぬうちに嫉妬してしまった。それを敏感に感じ取った陽弥の行動。お互いがお互いの事を分かっているからこそ、迅速に行動に移せたのだ。
『でも、夜トもお社が手に入ったんならこれで早々消えることは無くなったね』
「俺は別に禍津神が居ようが居まいが関係ねェし。李卯が居ればそれでいい」
『照れる』
「顔を赤くして言え」
また沸き起こる笑いに、陽弥はバレないようにホッと息を零した。
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