Side of You | ナノ

 01


小福と夜トがひよりの学校で好き勝手やっている頃、李卯は陽弥と共に高天原へ行っていた。先日の毘沙門天と夜トの件だ。


「無事でなによりじゃ、毘沙門殿」

「されども神同士の争いは無益――武神とはいえご酔狂が過ぎまするなぁ」

「神堕ち天は乱れた。こなたに罪はないが、たった一柱の乱れが中つ国をも乱すこと存じておろう」


つらつらと毘沙門天を責める声が上がっていく。それなりに緊迫感のある雰囲気の中、李卯は足と腕を組んで目を固く閉じていた。


「神在月でもあるまいに、神議(かむはかり)なぞ異なことじゃ」

「我ら八百万の神々の中でも代替わりされた柱は少なくない…神堕ちは神器の罪。なれど他の神をも巻き込んで何故こうも荒ぶられたか」


いつの間にか目を開けていた李卯は、機嫌が悪そうに周りを見渡した。言葉の端々に感じる神器と神との格差が、こうも煩わしいだなんて…と、何だか自分の家族が馬鹿にされたかのように李卯は感じたのだ。


「………夜ト神の襲撃に応じた、こちらの不手際であった」


正直に答えた毘沙門天に対して、ザワザワと煩くなってきた神々。途中高天原までの行き方を問われた際、天神の咳き込みがやけに大きく聴こえたのは聞かなかった事にしておこう。

話はそこでぷつりと切れ、今度は“面”へ。


「面が高天原に現れたことは今までなかった。面を招いた陸巴とやらを何故放たれたのじゃ?」

「左様、面を操る術師に迫れたやもしれぬのに…毘沙門殿はその神器を庇っておられるのか?」

「確かに軽率だった…。後にわかったことだが、うちの兆麻(者)が“陸”の名で縛れなかったと。奴は野良だったかもしれぬ…術師の」


次々と語られる陸巴の正体。しかしどれもが確信を持たず、不確かなものでしかなかった。
それを聞いていた李卯は、その術師に憶えがあるのか…少し目線を下に下げてゆるく目を閉じた。


「…「野良だった」とは…他意でもあるのかね?」

「この中に名づけた者がいると、そうも聞こえるのう…」

「そうではない!皆に責をなすりつけようというのではなく――私が危惧しているのは神をも欺かんとする術師の知略だ!」


またも騒ついてきだした神達。とうとう李卯は我慢の限界が来たのか、小さな舌打ちを洩らした後、ガタン!と大きく椅子の音を鳴らした。


「いちいち煩い。大体捻くれた捉え方しか出来ないの?毘沙門の言う通り、今は誰が名づけたやらそんな事はどうでもいい。重要なのは“次”、その術師がどう行動してくるのか、でしょう。
なら私達がするべきことは限られてくる。わかりもしない事をベラベラ並べる前に、少しは頭使って考えて」


顔は動かさず、目だけを動かしてそう言い切った李卯はまた脚を組み直した。そんな李卯につられるように、一人の神が口を開いた。


「確かに、李卯殿の言う通りである。此度の騒ぎで天地が時化、妖が増えた。下界も荒むだろう。各々妖の動向に気を配ると共に、これまでどおり面の目撃時は報告すること。陸巴たやらの手配書も出しておこう…。
以上とする」


漸く終わり、李卯はいの一番に部屋を飛び出した。きょろりと陽弥を探すが、すぐに見つかりそこでやっと顔を綻ばせた。


『お待たせ!』

「ん、お疲れさん。どうだった?」

『面倒、てか頭固すぎ。皆して毘沙門を責める口振りするから頭きたよ。ちょっと文句言っちゃったけど…』


二人並んで歩いていると、前方に人影が見えた。どうやら毘沙門天と兆麻、それから恵比寿とその道標、巌弥だ。
昔から李卯と恵比寿はよく顔を合わせればぐちぐちと終わらない口喧嘩をする。理由はただ一つ、神器につけている文字が一緒だからだ。読み方は違えど同じ“弥”。双方それなりに思い入れはあるらしく、いがみ合いはなくならない。


『ゲ、恵比寿……』

「何か喧嘩か?…って、こっち来るぞ」

『…しょうがない、ここで避けるのも可笑しいしね』


行くよ、と陽弥を引き連れてまた歩みを再開させる。近くなった距離にやっと恵比寿は李卯の存在に気づいた。途端に嫌そうな目を向けて来る恵比寿に、李卯はにっこりとそれはそれは完璧な笑顔を作った。


『相変わらず辛気臭い顔してるね、恵比寿』

「そう言う君こそその笑顔はいつにも増して三割不細工だぞ」

『…あははは、やだ恵比寿ったら。冗談が過ぎるよ?』

「李卯には冗談に聞こえたのか?重症だな、主に耳が」

「はいはいはい、もういいだろ。ったく…顔合わせれば碌な事になんねェな、相変わらず」


ガッと拳の出かかった李卯を止めたのは陽弥。二人の間にするりと割り込み、距離を離した。その表情には面倒クセェとありありと書かれてある。

お陰で少し冷静を取り戻した李卯は笑顔をやめてふんっと顔をそらした。いつもは少し大人びた一面を持つ李卯だが、恵比寿に会うと途端に子供っぽくなってしまうのだ。あまりそんな一面を見せない分、面倒だがこうしてたまに恵比寿と顔を合わせるのは良いことだと陽弥は思っている。


「ほら、小福さんの処に行くんだろ?」

『!そうだった!じゃあね、恵比寿!』


鼻歌でも歌い出しそうな李卯の半歩後ろを歩く陽弥。その二人の後ろ姿を恵比寿は暫く見つめていた。すると突然くるりと李卯が自然な動作で振り向き、またその目に恵比寿を映す。
何だ、と怪訝そうな恵比寿の表情に李卯はムッとなるも、ジトリとした目で陽弥に見られて慌てて気を取り直す。


『…最近恵比寿、面と遭遇した?』

「……突然何だ」


いきなり振られた話題に恵比寿は動揺を上手く隠した。まさか自分が面を操ろうとしている事など知っている筈がない、と。


『いや、遭遇してないんならいいけど…なんか恵比寿からきな臭い匂いがしたからさ』


何にもないならいいや、と変な事聞いてごめんねと李卯にしては珍しく謝って高天原から降りた。二人の姿が見えなくなった後でも、恵比寿は暫くの間そこから動く事は出来なかった。

出来るなら、李卯とはこのままの関係で居たい

それは、恵比寿の心からの願いだった。







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