Side of You | ナノ

 04



陽弥の案内で連れられたそこは、お花見とは言い難くなっていた。荒れた毘沙門天が夜トをボッコボコに殴っているのが、二人の目に入る。

唖然とした二人に、一番に気づいたのは小福だった。



「あーっ!りいちゃん!陽ちゃん!」

「おお、よく来たねぇ!」



天神は顔を真っ赤にして、毘沙門天と夜トの小競り合いをおつまみにして、お酒を飲んでいる。小福はカメラを構えてパシャパシャ撮っていた。

小福と天神の声は、争っていた毘沙門天や夜トの耳にも届き、二人は殴り合いをやめ瞬時に李卯と陽弥の元までやって来た。



「「李卯!!」」

『わ!あ、毘沙門、夜ト!二人とも怪我とかヤスミとか大丈夫?ちゃんと清めた?』



突然の大声に李卯は驚いて肩をビクつかせる。が、すぐに毘沙門天と夜トだと分かると、ホッとしたように顔を緩ませて二人の安否を確認する。


優しい李卯の言葉に、酒に酔っている二人はブワッと涙を流し始めた。



「っ、李卯〜!!」

「すま、すまない!わ、私は…!」

『え、ちょ、二人とも泣かないでよ!もー…どうしたの?なんか嫌な事でもあったの?』



本気で心配そうに毘沙門天と夜トの顔を覗き込む李卯。しかし、二人にとってみればそれはこっちの台詞だ、と言いたいのだ。


あの日、“美弥”と、確かに零していた李卯のか弱く、儚い姿はもう何処にもない。あるのはただ、馬鹿みたいに明るくて、笑顔で、逞しく、強い。そんな彼女だった。



「…李卯こそ、大丈夫、なのかよ」



ふい、と顔を背けながら口を開いた夜ト。彼から紡がれた言葉に、一瞬李卯は目を見開くも、すぐにゆるりと目尻を緩ませた。



『…あの日の最後らへんの記憶が、ぱったり途切れちゃってて…。……私、美弥の名前でも言ってた?』

「!!」

『ふふ、そうみたい…だね』



あからさまに反応した夜トを可笑しそうに笑う李卯。もう困惑してきた李卯の手助けでもしようと思ったのか、今まで離れて団子を頬張っていた陽弥が、自分と同じ三色団子を李卯の口に遠慮なく突っ込んだ。



『むぐぅ!! ひょっほ、はひすんほよ(ちょっと、何すんのよ)!!』

「あー、ほら。彼処に李卯の好きそうな和菓子が置いてあったんだけどなー」

『!』



陽弥の棒読みなそれに李卯はピコンッ!と反応し、凄まじいスピードで団子を食べ切ったと思ったら、こふっちゃーん!と叫びながら走り去ってしまった。

残るは、このお花見で荒れ狂っている毘沙門天と夜ト、それから李卯の保護者、陽弥。

夜トと陽弥は互いにピリピリとした雰囲気を撒き散らしながら対面する。それとは反対に、毘沙門天はぼんやりとした視界の中、己を律するようにパシン!と自身の手で頬を叩く。



「…まず、毘沙門天さんに説明しますね。“美弥”は、もう何年も前に居た……李卯の神器です」

「李卯の神器?陽弥だけではなかったのか?」

「そう思われてる方は多いですが、違います。ですが知らないのも無理はないです。李卯は、美器を使うことを酷く嫌がった」

「嫌がった……?」



陽弥の言葉を反復する毘沙門天。この話は知っている事なのだろう、夜トはほんの少しだけ酔いの醒めた目で、ヒラヒラと舞う桜の花弁を眺めていた。



「…まあ、ここから先は俺が話すよりも李卯が話した方がいいと思うんで、ここまでにしておきます。

美弥の存在は、もうずっと李卯の心に住み着いていた。だけどそれは美弥の本心じゃなかった。にも関わらず李卯は忘れることを恐れた。けれど、それを無理矢理にでも忘れさせたんです。


なのに今回、神器が妖へ転じたことによって、記憶の蓋が外れてしまった。それに酷く動揺してしまった李卯は、夢の中にでも美弥が現れて、勝手な妄想をしたんでしょう」



ふぅ、と疲れたように息を吐く陽弥に、夜トは口を開く。



「それで、結局李卯は吹っ切れたのか?」



毘沙門天も同じことを聞きたかったのか、鋭い瞳を陽弥に向けている。二人の神からの威厳ある瞳が、自身に一身に向けられているのに、陽弥は怯えすくむどころかいつもの余裕綽々な態度を見せる。



「…吹っ切れた訳じゃ無い。けど、自分を、自分と美弥を責める事をやめたんだ」



ただ、それだけだ

小さく呟いた陽弥は、少し目元の赤い主を見やる。



「…おい、陽弥」



突然夜トに声をかけられ、向けていた目は必然的に夜トへ。毘沙門天はいつの間にか居らず、声だけを聞いているとどうやら李卯の元へ行ったみたいだ。

真剣な夜トの目に、陽弥はいつもの不機嫌なオーラを消した。



「…なんだ」

「……俺は、まだ守れねぇ。だから!その間は!

お前が、あいつを守ってやってくれ」



ピクリ、陽弥が小さく肩を揺らす。そして、笑った。

笑われた夜トは何だよ!と怒りながら李卯達の元へと去って行った。しかし、陽弥は一人まだそこで笑っていた。



「ふ、ックク、……はーあ、…似すぎだろ、二人とも」




『陽弥、お願い。私はまだ守れない。だからその間は、

陽弥が、夜トを守って』





二人から同じことを言われれば、守らないなんて選択肢は消えゆく。




「…不器用すぎんだよ、二人とも」




しょーがねェから守ってやるよ。お前ら二人ともな


クッと口角を上げた陽弥は、盛り上がってる皆の元へゆっくりと向かった。すると、その存在をいの一番に察知した夜トが、




「い、言っとくけどなあ!俺がビッグになったら李卯と陽弥、両方守ってやんだからな!」

『言っとくけど!私が今よりももっともっと強くなったら、夜トと陽弥、両方守るんだから!』



何処までも、似てるな


ふ、と綺麗に笑った陽弥は、はいはいと適当に流して李卯の隣へと座った。



『お、陽弥!やーっと来た。私一人じゃ相手しきれなくて…』

「………ん、頑張ったな」



目の前に座っている天神達を見やり、素直に李卯を褒める。すると、嬉しそうに李卯は笑った。



「(…今は、まだ守られてろバーカ)」



くしゃり、と李卯の頭を撫でて、陽弥は優しげに微笑んだ。








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