▼ 01
高天原から帰ってきた夜ト、雪音、ひよりは天神の所で軽くどんちゃん騒ぎを起こしていた。
雪音が祝の器になった事を皆に報告する夜ト。嬉しそうな顔とは裏腹に今、夜トの頭の中は李卯の事でいっぱいだ。
話はその後、ひよりの体質の話へ。天神は試しに夜トとひよりの縁を切ってみろと促し、それが元々の約束だったため夜トも何も文句言わず雪器を呼ぶ。
するとちょうど陽弥が李卯を抱えながら天から帰ってきた。
「はる、や、ッ李卯!!」
夜トは慌てて二人へ駆け寄る。陽弥は黙ったまま李卯を抱え直す。ひよりや雪音、天神達も駆け寄り声をかけようとするが目を閉じている李卯を見て開きかけた口は閉じてしまった。
「陽ちゃん…りいちゃん、どうしたの…?」
「今は眠っているだけです、傷は毘沙門天さんの所で治しましたから」
「傷って…!」
「後は李卯が目を覚ますだけですから」
神相手だからだろうか、小福に敬語で話す陽弥の表情は冷たく、無表情だ。
「…何があったんだい?」
「……大丈夫だ」
「大丈夫そうじゃないから聞いてるんだ、李卯も陽弥君も…ボクにとっては大事な子達だと言っただろう」
天神の言葉に、陽弥はふっと堅かった表情を少し緩めた。
「…どうしたらいい?天神…」
いつもの陽弥とは違う様子に天神は眉間に皺を寄せる。夜トはそれよりも李卯の方が気になって仕方がないようで、いつの間にか雪器を雪音に戻し李卯の傍にいた。
その様子を何処か面白くなさそうに見つめるひよりだが、それでも李卯が気になるそうで夜ト程ではないが陽弥の腕の中で眠る李卯を眺めた。
「こいつ、ずっと…ずっとアイツの名前を呼ぶんだ」
「……"アイツ"って…」
夜トは思い当たる節があるのか、陽弥の言葉を復唱する。まさかとでも言いたげな夜トを一瞥した陽弥。
また口を開こうとした陽弥よりも先に聴こえた声にこの場は静まり返った。
『…………ゃ』
「!李卯、李卯!目が覚めたか!?」
はくはくと口を小さく動かす李卯に夜トが呼びかける。だが何を言っているのか分かってる陽弥は何も言わず、悲しそうにその光景を見ていた。
「李卯、李卯!」
『……み、や、…』
「……李卯、お前……」
『……ごめ、ね、…美弥…』
ツウ、と李卯の頬に一筋の涙が流れた。その涙を拭おうと夜トが手を伸ばすがそれは李卯に触れる事なく陽弥に叩き落とされた。
「な、にすんだよ陽弥!」
「李卯に触んな」
「は!? 何でだよ!!?」
「テメェに李卯に触る資格はねえんだよ」
ギンッと目を鋭く光らせる陽弥は今にも夜トを殺さんばかりだ。しかし夜トと夜トでいきなりはたき落とされて苛立つ。
「神器が神に対して意見してんじゃねぇよ」
「ッ、……だとしても、だ。
李卯はいつもは神同士の騒動には介入しないのに、今回はお前と毘沙門天さんを心配してわざわざ高天原まで行った。
あの後屋敷の中では面付きの妖がいて、その全部を李卯が斬った。妖だけじゃない、妖に転じた毘沙門天さんの神器達もだ。
なのにテメェは壱岐ひよりを取り戻してさっさと帰った…。
…ザケんじゃねえぞゴラァ"!!」
陽弥が本気で怒るのは珍しい。夜トもあまり見たことがないのでさっきまでの苛つきは何処へやら、目を丸くして驚いている。
夜トが驚いているのは陽弥の怒りにもそうだが、陽弥の言葉にもだ。
『……陽(はる)、』
穏やかな声が、怒りに狂った彼の名を呼んだ。その声でハッとなった陽弥は自分の腕のなかで眠っていた筈の主に目を向ける。
さっきまで閉じられていた瞳がゆるゆると開けられている。
「あ、っごめ…!刺した、か…?」
『んーん、刺してないよ…』
「…よか、った…」
『……陽、私ならだいじょーぶだよ』
優しくあやすような李卯の声色に陽弥は泣きそうになる。大丈夫なはずないのに、どうしてそこまで強く在れるのか。
『…陽弥も、夜トも、雪音君も、壱岐さんも、毘沙門も……みんな無事で良かった……』
ホッと安心したように息を吐き出した李卯は、陽弥に帰りたいと囁く。グッと李卯を抱く力を強めた陽弥は強く頷く。
『…天神さん、迷惑かけて、ごめ、ね、』
「そんな事思ってないから、早く体調整えなさいね」
『、ふふ、ん…ありがと…』
最後の気力だったのか、言いたい事を言い切った李卯はまた目を閉じてしまった。
「それじゃ、失礼する」
スッと一礼した陽弥は李卯の要望通りお社へ帰るのだった。
「……あの、夜ト」
「………何だ」
「さっき李卯さんが言ってた…美弥、って…」
「…ひよりには関係ねぇ事だ」
冷たく言い放った夜ト。
そう、誰にも関係ない事なのだ。彼女の事は。
あれは、もう何年も前の出来事なのだから。
「わたくしは美弥、李卯様のちゅうじちゅッ…………忠実なる神器ですわ。どうぞ宜しくお願い致しますわ」
「…今、噛んだ…よな?」
「いいえ、噛んでなどおりませんわ」
「噛んだよな!?」
「まあ、夜ト様は随分と不躾でいらっしゃるのかしら。わたくしは噛んでいないと言っていますのに…」
「だぁあああ!おい李卯!お前神器にどういう教育してんだよ!コイツといい陽弥といい、俺様に対して失礼だぞ!!」
『夜トに何か言ったの?美弥。私聞いてなかったから…』
「いいえ、何もおっしゃってなどおりませんわ李卯様。ですからご安心下さいませ」
「おぃいい!!」
『ふふ、そう?夜ト、これからは美弥も宜しくね!』
「お願い致しますわ、夜ト様」
「……わかったよ」そう言って不敵に笑った少女は、もういない。
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