▼ 08
李卯は急いで毘沙門天の屋敷の中へ入り込む。すると益々大きくなった叫び声にキンキンと頭が痛む。
広間のような所に着くと、そこには何故か妖達が神器を喰らっていた。
『ど、いうこと………!?』
「李卯ッ、後ろだ!!」
『ッ!』
――キンッ
口を大きく開けた妖を間一髪で李卯は斬る。何故ここに妖が、と陽弥が呟いているのを他所に李卯はここにいる妖全てに"面"がしてある事に驚く。
『どこかに術者がいるはず……陽弥、きな臭い奴って言ったら…』
「十中八九あの神器だろうな」
『だよね……でもそれより先に、ここにいる妖を斬る、よ!!』
「了解」
次から次へと現れる妖達を容赦無く斬り落としていく李卯。泉のような場所に辿り着くとやはりそこも面付きの妖達がここへ逃げ込んだ神器達を食い荒らしていた。
『っ……父様…!』
見えない呪縛に呑まれそうだ
李卯は目の前にいる妖達が恐ろしくて堪らない。斬っても斬っても湧いて出てくる妖達を背に逃げ出したい気分だと李卯の表情には書かれていた。
『神器達が…堕ちていく……』
「李卯落ち着け!! あそこに"アイツ"はいねえんだぞ!?」
『皆、泣き叫んでる…。聞こえるの、助けてって声が……』
「だったらさっさと楽にしてやれ!! ンな姿晒してんじゃねぇよ!!!」
陽弥が李卯を叱咤する。数年前のあの光景がフラッシュバックする中、陽弥の声は李卯の頭によく響いた。
震える体を無理やり押し鎮め、毘沙門天の神器だった彼らを見据えて陽器を構えた。
「………もう逃げない」
リンと立つ毘沙門天の姿は美しく、どこか決意を秘めていた。そんな毘沙門天を追いかけようと夜トも行こうとするが、ジャージの裾をひよりに掴まれて動けない。
「帰ろう、夜ト…」
「――いや、面がいるならオレにも関係あることだ!また野良が…」
「だめ、夜トがやっちゃ…」
俯きながらどこか断りずらいひよりの声色に夜トは兆麻を恨む。アイツ喋ったな、と。
「…はいはい、帰る、帰るよ。――おい、毘沙門!
オレならこれっぽっちもヘコまねーぜ。いいか、誰が何と言おうと、
お前のやることは、善だ」
毘沙門天はその目に光を宿らせ、夜トの言葉を背中で受け取った。だがふと彼女の存在を思い出し、ピタッと止まった毘沙門天を夜トは不思議に思い名前を呼ぶ。
「…毘沙門?」
「……夜ト、李卯はどこだ」
「……っあぁぁああ!! まままままじだ!アイツどこに…!」
「李卯って……李卯さんもここに来てるの!?」
毘沙門天と夜トから出た名前にひよりは驚く。まさか李卯まで来てるとは思わなかったのだろう。
そんなひよりやあまり状況を把握していない雪音を他所に毘沙門天と夜トは焦る。
「え、え、まさかもう帰ったとか!?」
「李卯が私たちに何も告げずに帰ると思っているのか!? そんな訳ないだろう!」
「じゃあまだここのどっかに…?」
『(ああ…疲れたなぁ……体中痛いし、血塗れだし…。刀握る手も麻痺してきたかも…)』
「大丈夫か、李卯」
『…ん、へーきへーき。あと、もうちょっと、だしね』
陽弥が大丈夫かと尋ねたのは、何も体力的なそれを聞いただけではない。
李卯は気づいていないのか、彼女は今ぽろぽろと涙を流しながら妖を斬っているのだ。
「(チッ…禍津神も毘沙門天も何してんだよ!さっさと来いよ……でねぇと、でねぇと李卯が壊れちまう……!)」
そう心配する陽弥を知ってか知らずか李卯はやっと最後の一体を斬り倒した。
陽弥、と小さく李卯は名前を呼ぶとキンと光って人になる。
「李卯!」
――ドサッ
ゆらりと倒れそうになった李卯を陽弥は間一髪で支え、抱き抱える。ドクドクと腹から流れる血を見て急いで止血しなくてはと水を掻き分けて外へ出る。
するとバタバタと慌ただしい音が響き、荒々しい呼吸も聞こえてきた。と同時に入ってきたのはこの騒動を引き起こした張本人である毘沙門天。
夜トの姿は、どこにもない。
「…は、陽弥……これ、は、」
「……妖に転じた毘沙門天さんの神器も、面付きの妖も、全部李卯が斬った」
「ッ……!」
「だからって禍津神の時みたいに人殺し呼ばわりすんなよ。李卯が斬ってないと被害はもっと大きかった」
「…人殺し、などと呼ぶわけないだろう……」
毘沙門天はまだ乾いていない地面に付いた血を指先で擦り、ぽたりと涙を落とす。
「…まない、すまない……!!」
謝る毘沙門天の声を尻目に陽弥はそっと李卯の腹部に清めの水をかけてやる。ジュウ!と音を立てながら治癒されていく怪我を見てようやく安心の息を零した。
『……や、』
「!起きたか、李卯!!」
小さく李卯の口が開かれる。陽弥は嬉しそうに顔を覗き込む。毘沙門天も陽弥の台詞に慌てて李卯と近くまで寄り添った。
だが、李卯の瞳は依然として固く閉じられたままだ。
落ち込む二人、そしてまた李卯は薄く口を開いた。
『……美弥(みや)、美弥……ッ、めん、ごめ、……』
"美弥"
その名前に、陽弥は目を見開いた。毘沙門天は誰の事なのか分からず首を傾げている。
「…まだ、苦しんでんだな……」
頬にこびりつく赤い血と、閉じられた瞳から流れる涙が混じり、李卯の頬を滑っていく。
「陽弥!これ、李卯様にどうかしら?」
「ふふん、勿論ですわ李卯様!この美弥、一瞬にして蹴散らしてみせましょう!!」
「あーら、白虎殿は随分と自信家なようで。でも残念ですわね、李卯様のご寵愛はこのわたくしが貰い受けていますのよ!」
「っく……ふ、ッ……もう、しわけ、ございませ……!わたくしが不甲斐ないばかりに……!!」
「陽弥、わたくし…どうしたら良かったのでしょう…。どちらが正しかったのか…もうわたくしには分からないですわ」
「…さよなら、李卯様、陽弥」儚く笑った彼女は、こんな李卯を見たら何と言うだろうか。
今だ謝り続ける李卯を隠すように陽弥は優しく包み込んだ。
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