▼ 06
『ねむた…』
「はよ、李卯。飯出来てっから顔洗って来いなー」
『はあい』
毎朝の会話が無意識に行われる。昨日はしんどかった、としゃこしゃこと歯を磨きながらまだ眠たい目を擦った。居間に戻ると既に朝ご飯の準備が終えていて、陽弥がちょこんと座りながら新聞を読んでいた。
私がその前に座ると陽弥は新聞を畳んでポスッと傍に置いた。それを見届けてから口を開く。
『はい、手を合わせて、いただきます』
「いただきます」
もぐもぐと陽弥が作ってくれた朝ご飯を食べながら今日は何しようかと考える。
兆麻の事はまだ先になるかな、あまり毘沙門とは争いたくないんだけどなあ。
「今日はあんま時化てねぇし、のんびり過ごせそうだな!」
『だねぇ、久々だよーこんなに穏やかなのは』
くふふっと嬉しさに口元を緩めて笑う。今のところ青龍からの連絡も何もないし、今日は一日ゆっくりしてよう。
その言葉通り、空が茜色になるまで私たちは二人のんびりとお社で寛いでいた。
「李卯様!!」
『うおっ、青龍?そんなに慌てて……、……まさか、』
「……御報告致します。先程数分前に夜ト神様と壱岐ひよりの前に毘沙門天様の神器、藍巴が呪をからめた百杖を手に現れ、御二方はそれに応戦していた所妖が現れたので夜ト神様が引きつけ役としてその場から逃亡。
しかしそれは囮に過ぎず、残った壱岐ひよりは陸巴と藍巴によって捕えられました。途中で兆麻が来られ、陸巴、藍巴を縛布で縛り付けましたが陸巴には効かず、兆麻も捕えられました」
頭を垂れて淡々と報告する青龍に御苦労と告げると、謙遜した態度を取る。ふっと笑い頭を撫でてやり、もう始まったかと先の事を考えると何だか頭が痛くなってきた気がした。
『それじゃ、青龍はこの地を任せるわ。いい?…妖を逃さないように』
「御意」
バッと一瞬の内に消えた青龍の後を追うように私達も走り出した。しかし、行き先は違う。
「どうすんの李卯?」
『…夜トは絶対に毘沙門の所に乗り込む。それには高天原に行かなくてはならないけど…お社も持たない夜トは行けないはず、』
けどそこで諦める夜トではない。だとすれば誰かしらのお社まで頭を下げに行くかもしれない。
「あの禍津神が今毘沙門天のとこ行ったらそれこそあの陸巴の思惑通りってヤツじゃね?」
『そう、だから止めないとなんだけど…夜トは誰に頼ると思う?』
「小福さんのとこは…ないな。んじゃあ…あそこは?」
『あそこ?』
シュンっと行き着いた先は梅の花が咲いている、
『天神さん!!』
「おや、李卯ちゃん。珍しいねぇ、君がここに来るなん『夜トが来ませんでしたか!?』
バッと食い気味に聞くと天神さんはしばし目を見開いた後、ふう…と重い溜め息を零した。その反応にやっぱり、と小さく呟く。
『天神さんは夜トを天(うえ)になんて上げてませんよね!?』
「……………」
「…おい、何とか言ってくれよ天神」
『はる、やめなさい』
「わーったよ」
神である天神さんに砕けた口調で話す陽弥を咎める。すると天神さんは目を伏せて、
「…上げたよ」
『なっ…どうして止めなかったんですか!? 何で、ッなんで…!』
「すまないね、李卯ちゃん…」
本当に申し訳なさそうな声色の天神さんにこれ以上八つ当たり染みた事を言うわけにもいかず、きゅっと唇を噛み締めた。
『…私達も天に上げてください』
「…李卯ちゃんは他所の厄介事には首を突っ込まないんじゃなかったのかい?」
『…毘沙門も、夜トも、どちらも私にとってはかけがえのない大切な人です。それに今回の事は私にも責任が少なからずあると思っているので』
お願いします、と頭を下げてお願いすると天神さんはまた溜め息を吐き、分かったよと頷いてくれた。
「その代わり、ボクが天に上げたなんて言わないようにね」
『ん、ありがとう』
「……李卯ちゃん、陽弥」
私達の名前を呼び、天神さんは目尻を緩めた後ボソリと呟いてから私達を天へと上げてくれた。
「ちゃんと無事に帰ってくること、李卯ちゃんも陽弥もボクらにとっては大事で大切な子なんだからね」
不覚にも涙腺が緩んだのは、秘密にしておこう。
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