▼ 03
こふっちゃんがいなくなった部屋はシン、と静まり返っている。時たまボソボソと聞こえるのはさっきこふっちゃんが言ってた壱岐さんと雪音君なのだろう。
ぼんやりとしていると、カタン、と小さな音が静かなここではよく聞こえた。
『……陽弥…?』
「……お前が、李卯が野良と関わってたのは知ってた」
『――え…?』
「その野良に名前を付けてた事も、知ってた」
まさか、そんな。
だって今まで細心の注意を払って野良と会ってたし、彼女に名前を付けてた事なんてそれこそ父様しか知らない事実だったはずだ。
なのに、今彼は何て言った…?
『なん、で、知って……』
「…もう何年前になるかは分からねえけど、一度李卯の後をこっそり着いて行った事があったんだよ。それで…」
それで私が野良の名を呼び、人を斬っていた事を知ったのだ。
は、と思いがけない告白に私は自嘲気味に息を零した。何だ、それじゃあ私の今までは一体なんだったっていうの。
全部、全部無駄だったじゃない。
『………ごめん、今まで黙ってて…』
「…李卯、」
『こんなの、主失格だよね』
「それでも、俺の主は李卯だけだ」
あの禊の時から、そう付けたした陽弥は私の頭を掻き抱いた。ジワリジワリと陽弥の服に私の涙が染み込んでいく。
『私、は、胎から生まれた神じゃないの。っ、人の、父様の願いから生まれたの』
「…ん、」
『その時に、野良――柚に会わされて、名前を、付けた』
初めて見た時からあの子の躰中には名前があったのを覚えている。その中の一つに、私が付けた名が今もある。
『ずっと、私は神器を傷つけて生きてきた…ッ、だから、だからっ…』
「もういい」
『ッ、ふ、ぅぅ…』
「…野良の名を放て、なんて言わねえよ」
『は…?何で、』
「けど、ちゃんと自分の中で決心着いたその時は、……なっ」
ぽんっと軽く私の頭を撫でた陽弥に、きゅっと唇を噛み締めた後コクリと頷いた。
「ん、李卯はすぐ思い詰めんだから、何かあったら俺でもいいし、何なら四神の奴らでもいい、誰かに吐き出せ」
『…ありがと、陽弥』
陽弥の言葉に小さく笑みを浮かべて礼を言うのだった。
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