▼ 02
カタン、と扉の開く音があまりにもでかかったため、慌ててピタリと足を止める。もう時間は夜中、野良との“用事”のせいですっかり帰るのが遅くなってしまった。
ソーッと中を覗くと、陽弥がすやすやと気持ちよさそうに寝ていた。見る限り起きた様子はなくて、ホッと息を吐くと私はポスンと座り込んだ。
サラリ、と陽弥の髪を梳くと指に絡まることなく隙間を通っていった。
『………ごめん』
ポタリと雫が落ちる。それは一粒だけではなく、ぽたぽたとどんどん溢れていく。畳に染みていくのを横目に、私はずっと陽弥の寝顔を見つめていた。
『…ごめん、陽弥……弱くて、ごめん…』
涙が止まる気配がなく、このままじゃあ陽弥が起きてしまうと私はお社から飛び出した。
「……っ…何がごめんなんだよ…!」
もう起きていたなんて、まったく知らずに。
バサバサと服を翻しながら、どこへ向かう訳でもなく走り回る。怖い、こわいこわいコワイ。
いつか、私がわたしでなくなりそうで。
『助けて、…たすけて、』
明るみを帯び始めた空は、優しく私の頬を撫でていった。
「…李卯?」
そんなときに後ろから私の名前を呼んだのは、
『―――…夜ト』
「こんな時間に何して…って泣いてんのか!?どどどどうしたんだよ!」
少し距離があったのにすぐにそれを縮めて、未だぼろぼろと泣いている私の目を優しく撫でる。その優しい手つきに、また泣いた。
『ふ、っ………ごめ、なさ…』
「李卯?何が…」
『もう、終わり、たい、…のに…』
「!」
『逆らえないよ…!』
きっとこれだけで分かっただろう、私が何を言っているのか。
夜トは辛そうに顔を歪めて、私を掻き抱いた。痛いくらいに強く、強く。
『わ、わたしっ、野良に、なまえ…っ』
「お前まで名前付けてんのかよ!? どれに…!」
『ひ、っ、ひいろ、に…』
「緋に……!?」
『父様が、つ、つけろって…!』
ボロボロと零れていく真実に、夜トはただ戸惑うばかりだろう。ごめん、夜ト。きっと貴方は私が"父様"と関わりがあるなんてことすら知らなかった。
私も、夜トと同じ"父様"に望まれて生まれた神なのだ。
『こわい…ッ、人を、斬ることに、な、なんの…躊躇いも、なくっ、なくなってくことに…!』
血色に支配されていく視界。息をしているのは私と野良だけ。
罪悪感なんてものはなくなってて、ただ残ったのは膨大な虚無感と少しの満足感だけだった。
「…っ、ごめんな、気づかなくて…」
『うっ、ぅぅ………』
夜トのジャージをずっと濡らしていた私は、泣き疲れたのかいつの間にか眠っていた。
『………、』
「あー、起きた?りいちゃん!」
『…こふ、ちゃ…』
「いきなり夜トちゃんが連れてくるからビックリしたよ〜!」
はい、これ大黒が煎れてくれたお茶ー!
こふっちゃんは布団の側にあったテーブルに湯飲みを置いてくれた。ほかほかと湯気の立つのに私は無意識に手を伸ばしていた。
『……美味しい』
「そ?良かったあ…」
ニコッと笑うこふっちゃんは、ぽんぽんと私の頭を撫でる。普段こふっちゃんにこんなことはやられないため、戸惑ってしまう。
「あたしには何があったのか分かんないけど、頑張ったね、りいちゃん」
『っ…………』
何でも包むようなこふっちゃんの微笑みに私は顔を下に向かせる。そんな私を見て、こふっちゃんは今度は楽しそうに笑った。
すると奥から聞き慣れた声が聞こえる。
『奥……』
「ん?ああ、ひよりんとユッキーがいるの!ひよりんがユッキーにお勉強教えてるんだよお」
仲良いよね〜と言いながらこふっちゃんはお花の水やりへと外へ行ってしまった。
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