▼ 06
私より一歩前へ出て、結ってある緑の髪を揺らしながら彼、青竜はまず一礼した。
「ご挨拶が遅れてしまい、申し訳御座いませんでした。私は東を司る四神、青竜と申します。どうぞよろしくお願い致します」
にこりと笑顔を作った青竜。その笑顔は完璧で、きっと夜トとこふっちゃん以外は気づかなかっただろう。
さて、その完璧な挨拶に続く者は……、
「はーいっ!オレ次するー!」
「げ、ん、ぶ……!」
「うわっ、ちょ、そんな怒んなよ青竜!」
「あっはは!ほんと馬鹿よね玄武は」
『こら』
「「…ごめんなさい」」
「すみません、李卯様」
まったくもう…放っとくとすぐに喧嘩始めるんだから。
「っと…オレは北を司る四神、玄武ですっ!どうぞよろしくお願いしまっす!」
ぶんっと勢いよく頭を下げた玄武は、また勢いよく顔を上げる。ニッ、と口角を上げたその笑顔は、青竜と同じく作り笑顔。壱岐さんは可愛い!と言っているけれど、本人にとって"可愛い"は禁句だ。
笑顔を作ることに関しては玄武が一番なのだ。ほら、今もキレるのを必死に抑えてる。さすがだ。
『…ん、玄武』
「え、あ…!金平糖!これ、オレに……?」
『そう、好きだったでしょう?』
「…ありがと、ございます…李卯様」
『いいえ』
嬉しそうに頬を緩める玄武、今のは本物だ。
「次はあたしね。初めまして、あたしは南を司る四神、朱雀よ。あたしの前で李卯様を貶す言葉を言ってごらんなさい、すぐに灰にしてあげるわ。どうぞ、よろしくお願いします」
スッと華麗に礼をする。彼女も作り笑顔を浮かべて顔を上げた。にっこりと、まるで薔薇のような、そんな笑顔を。
…ってなんか物騒な台詞が聞こえたんだけど…もういいか。諦めよう。
さて、最後は……、
『…びゃーっこ、』
「えー、面倒くさーい」
「テメェいつまでも李卯に引っ付いてんじゃねえよ。さっさと向こう行け、馬鹿猫」
『陽弥……、』
「あれ、いたんだ?もう李卯の神器クビになったのかと思ったのに」
「ああ゙?ふざけ」
『白虎も陽弥も、いい加減にして』
「「…はーい」」
やっと静かになった二人に短い息を吐く。すると白虎はするりと離れて挨拶をするために口を開いた。
「…西を司る四神、白虎」
それだけ言うと表情を変えずに戻ってきて朱雀の横に並んだ。くあ、と大きな口で欠伸をするその姿は、まさしく猫。
『この四人が、私の…言わば眷属みたいな者たちです』
「ふーん」
「へぇ…李卯さんって凄かったんですね!」
「それに比べて夜トは…」
壱岐さんが感心している隣で、雪音君はジロリと夜トを横目で見る。当の本人はふん、と腕を組みながら視線を無視していた。
けど私には何も言えない。だって私は夜トの昔を知ってるから。
「それより李卯様、」
『うん?』
「最近時化が多いのですが…」
「あ、それあたしー」
『…そう、それこふっちゃんが黒器を使ったからなの。あ、みんな紹介してなかったよね』
そうだ、こふっちゃんたちを紹介してなかった。パン、と両手を叩いて四人に紹介する。
『こちらは小福、貧乏神様です。で、こふっちゃんの神器が…はい、大黒です』
「はーいっ、恵比寿 小福でーす!よろしくね〜」
「大黒だ、よろしく!」
うん、この二人はスムーズに進むよね。
『で、次は……って夜ト?』
「え、あ、ちょっと夜ト!何してるんですか!」
「…るせえ、放っとけ」
「もー!夜ートー!」
グイグイと夜トの腕を引っ張る壱岐さん。ふう、と私は目を反らしてしまう。この間からどうしたんだろう私。
チラッと夜トを見ると、ちょうどパチリと合ってしまった目。お互いパチクリと目を丸くした後、どちらからともなく笑った。
『っふふ、ほら…夜ト』
壱岐さんが引っ張ってる腕とは反対の腕を取り、グッと持ち上げるようにすると嘘みたいにすぐ立って後ろから抱き付いてきた。
昔からされているため、つい癖で前に回ってきた腕をぎゅっと握る。うん、暖かい。その時ふっと視界に入った壱岐さんの目は、悲しみと嫉妬が入り交じっていた。
『っ、えと、この人は夜ト。禍津神様です』
「夜ト神だ!」
『…で、こちらは夜トの神器の雪音君。そして半妖の壱岐ひよりさん』
「よっ、よろしくお願いします!」
「…っ、よろしくお願いします」
壱岐さんの様子が可笑しい。それに夜トも気づいたのだろう、私の背中から離れて壱岐さんに近寄る。そして優しく背中を撫でて上げたり、大丈夫か?と夜トにしては珍しく優しい声色で尋ねている。
壱岐さんはすぐに顔を赤くして、大丈夫!と慌てて返事していた。
『(そっか…壱岐さんは、)』
―――夜トが好きなんだ
気づいたそれにツキンと痛む胸。何度目かのその正体を、私はもう分かってる。分からない程馬鹿じゃない。
『…それじゃ、私はこれで失礼します。青竜、朱雀、白虎、玄武、気をつけて帰ってね』
「「「はい!」」」
「…りょーかい」
『よし…陽弥、帰るよ』
「ん、今日の晩飯は何にする?」
『そうだなあ…たこ焼きがいい』
「オッケー、ちょうどたこ焼き粉もあるし…あ、ソース切らしてた。出汁でいいか?」
『うん、私明石焼き好き』
最後にこふっちゃんにバイバイと手を振ってからお社から消えた。夜トには言ってない、これ以上醜い私を見て欲しくなかったから。
「…李卯、」
『……陽弥、わたし…気づきたくなかったよ…』
「……ああ」
『………っ、……妖だ』
こみ上げてくる涙を流さないように上を見上げると、ちょうど妖が通る。パシンと頬を手で叩くと、その手を空に差し出す。
『―――来い、陽器(ようき)』
手に収まったその黒い刀身を数秒にも満たない時間で見つめ、やがて邪心を振り切るかのように刀を振り上げた。
誰か、私のこの想いを斬って…―――
再会した君は、あまりにも遠かった
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