授業開始


その日の夜、フィーは約10年振りにホグワーツの自室へと戻ってきた。淡いレースがあしらわれた天蓋のベッドに、棚に並べられたウェッジウッドのティーカップ。すでにゲージの中で目をぱちくりとさせながら、小さく「ホー…」と鳴くのは梟のチェイルだ。実はこの梟、ゴドリックからのプレゼントである特殊な魔法を施されており、普通の梟よりもうんと長生きなのだ。それは魔法使いの比ではない。


「久しぶりのホグワーツ、楽しんでおいで。」


カチャン…とゲージの扉を開けると、チェイルはバサバサッ!と音を立てながら、キラキラと星が輝く夜空へと羽ばたいた。
その姿が見えなくなるまで眺めると、フィーはやがて大小様々な大きさの写真立てが置いてあるデスクの前へ。しかしそこに写真は無い。
フィーは自然な動作で杖を取り出すと、スイッと写真立てに向かって振った。すると何もなかった写真立ての中にたちまち写真が出現してゆく。やがて複数あった写真立ての中は、素敵な写真がきっちりと収まっていた。


「……ただいま、みんな。」


こちらに向かって手を振る四人の口が、「おかえり」と動いた気がした。







「ほら、まだ残ってるわよ。」
「んむ……もうむり…。」
「だめよ!まだ三分の一しか食べてないじゃない!せめてこのヨーグルトは食べてちょうだい?」
「それ甘くないんだもん……。」
「それなら…ほら、いちごジャムを乗せてあげるから。」
「ほんと?」
「今日だけね。」


それなら、とフィーはリリーに入れられる前に自分でジャム瓶を取り、スプーンでたっぷりとすくって乗せる。それは白いヨーグルトがいちごの色で染まるまで続けられた。


「フィー……?」
「き、今日だけ!今日だけだから!」


じとりとしたリリーにこれ以上見られないように急いでヨーグルトを食べる。何の味もしなかったさっきより、イチゴ味の今の方がフィーにはよっぽど美味しく感じた。


「1限目ってなんだったっけ?」
「変身学よ。グリフィンドールの寮監のマクゴナガル先生の授業だわ。」
「ミネ、(ルバじゃなくて……)マクゴナガル先生のかぁ。楽しい授業だといいね。」
「きっととっても楽しいわ!」


生き生きとした声でそう言ったリリーは、スリザリンのテーブルを見て「セブルスがいるわ。」とその存在を知らせる。寝ぼけ眼でリリーの視線の先を見つめると、確かにそこにはセブルスがいた。しかし一人ではない。金髪の男と一緒だ。


「(あの子はアブラクサスのところの…?)」


いつだったか、息子の写真を送ってきたアブラクサス・マルフォイを思い出した。それから数年間、日々の成長録をこまめに送ってきていたのだが、フィーが結界を張り直した事でそれは届かなくなったのだ。


「(確か…)――ルシウス・マルフォイ。」
「フィー…?貴女、あの人を知っているの?」
「純血のマルフォイ家の人だよ。…どうやって仲良くなったんだか…。」


フィー自身、ルシウスとは顔を合わせた事がないため知り合いですらない。だが、代々マルフォイ家というのは強い純血思想を持っているから、非常に付き合いにくい。
それ故、リリーはあまりマルフォイ家と関わらない方がいい。そう言おうと思ったフィーだが、それはリリー自身が決めることだと無理やりその言葉を飲み込んだ。


「変身学の次が魔法薬学だから、その時はセブルスも一緒に授業受けられるね。」
「ええ!」


楽しみに頬を緩ませ、リリーとフィーは大広間を後にした。

長い廊下を歩き、変身学の教室へ入る。そこには既に数名の生徒がパラパラといて、リリーとフィーは前の方に座ることに。
そのまま雑談をしていると、「リリー!」とまだ声変わり前の少年の声がリリーを呼んだ。私は隣のリリーを見ると、彼女は眉間に寄った皺を指でぐりぐりとほぐしている。


「ハァ…ごめんなさい、フィー。」
「何が……、」
「リリー!」


バンッ!とリリーの机に勢いよく手をついたのは、くしゃくしゃな黒い髪の毛にハシバミ色の瞳をした丸メガネの少年――ジェームズ・ポッター。その後ろには、組分け時に注目を集めたシリウス・ブラックと、蔦色の髪をしたリーマス・ルーピン、くすんだ茶髪のピーター・ペティグリューもいる。
突然目の前に現れた四人の男に、フィーの目も点になってしまう。


「邪魔よ、ポッター。どいてちょうだい。」
「あぁ、照れているんだねリリー!大丈夫、そんな君も僕は、」
「大きな声でそんなことを言わないで!」
「君のその想いはちゃんと僕に伝わってるよ!」


なんだこれ。
フィーは唖然とジェームズを瞳に映したが、当の本人はリリーしか瞳に映しておらず、他の人間をシャットアウトしている。後ろのシリウス達も「始まった」とばかりに肩をすくめた。


「おや?君は初めて見る顔だね!リリーの友達かい?」
「え、」
「この子に話しかけないで!」
「え、」
「ヤキモチかいリリー!? 安心して!僕は君しか見えてないから!」
「どうしてそうなるのよ!!」


またギャーギャーと始まったそれに、とうとうフィーはため息を吐いた。このままだとマクゴナガルが来てしまう。その前にこの不毛なやり取りを終わらせなければ。


「リリー、落ち着いて。」
「でも、フィー……、」


安心させるようにフィーはそっと笑いかけ、ジェームズへと向かい合った。深海の目と榛の目がかち合った。
瞬間、ジェームズは海に引き込まれるような感覚を感じた。どぷりと深みにはまるような、そんな曖昧な。


「初めまして。リリーの友達のフィー・ディオネルです、よろしくね。」
「あ…僕はジェームズ・ポッター!よろしく!リリーの婚約者だよ!」
「誰がよ!」


しかし、ジェームズはそんな感覚を無視してフィーに続いて名前を口にする。余計なことを言ってリリーをまた怒らせ、そこでやっとジェームズはフィーの深海の瞳から目を離すことが出来た。


「(リリーが好きなはずなのに……。)」


どうして、こんなにも彼女が気になるんだ

ジェームズはそんな疑問を晴らすように、自分に怒るリリーに笑顔を向けた。





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