授業開始2


あの後マクゴナガルがやって来て、未だに席に着いていなかったジェームズを早々に叱咤。彼はフィーとリリーの後ろが空いているのを良いことに、ルンルンとシリウス達も道連れにそこへ着席した。


「……リリー。」
「なに、フィー。」
「目が怖い。」
「……ごめんなさい…。」


今にも目線だけで人を殺せそうなリリーにボソッと注意すると、リリーは一つため息をして謝った。フィーはそんなリリーを見てから後ろをチラッと見ると、ちょうどジェームズとばっちり目が合ってしまった。「(うわ、)」と思いながらもフィーはそのまままた前に向き直る。


「変身術は、ホグワーツで学ぶ魔法の中で最も複雑で危険なものの一つです。いい加減な態度で私の授業を受ける生徒は出て行ってもらいますし、二度とクラスには入れません。初めから警告しておきます」


これは変身学の初回の授業では必ず言われる台詞だ。例に漏れず、今年も厳しい表情で皆に言った。
フィーは一瞬後ろのジェームズ達が気になったが、なんとかなるだろうともう授業に集中することにした。

授業内容は例年通り、まずはマクゴナガルが変身術の見本を見せて生徒達の意識を自分に向け、そのあとは複雑なことが書かれた文を板書させる。
そうして生徒達がげんなりしてきたところで、ついにマッチ棒を針に変えるという実技がやってきた。


「っ、フィー見て! 変わったわ!」
「おおぉ! さすがリリー!」
「まぁ、ミス・エバンズ、とても美しいです。グリフィンドールに5点与えましょう」
「あっ、ありがとうございます!」


マクゴナガルからの加点に嬉しそうにお礼を言ったリリー。そんなリリーに絡もうと後ろからジェームズが身を乗り出した。


「リリー! あぁ、さすが僕の女神! そんなに綺麗な針にできるなんて!」
「後ろから身を乗り出してこないで! ポッター!」
「けれどどんなに綺麗な針も君には、」
「ポッター!!」
「ちょっと待ってください先生! ねぇリリー、ぜひ僕にご教授、」
「あなたできてるじゃない! 嫌味を言うのはやめてちょうだい!」
「(み、ミネルバの殺気が……)ね、ねぇ、二人とも…、」


これ以上は、と二人に声をかけようとしたら、ポンと肩を叩かれた。誰かと後ろを振り返ると、マクゴナガルが冷たい表情で立っていた。


「ミス・ディオネル、お座りなさい」
「はい………」


その後、せっかくリリーが稼いだ点以上に減点されたのは言うまでもない。


「おい、ジェームズ? 早く行くぞ」
「わっ、ちょっと待ってくれよ、シリウス!」


授業が終わり、生徒が教室からいなくなったあと。ジェームズは前の席に置いてある鋭く先がとがったリリーの針を見て、ゆるりと頬を緩めた。けれど、その机の隅の方に置かれた針にジェームズはすぐに気づいた。


「なんだぁ? これ誰のだ?」
「わからないけど…すっごく綺麗だ。こんなに綺麗な針を見たことがないくらい…」


その針を間近で見ようとジェームズは近づくが、それよりも先に誰かがひょいとその針を手に取った。


「マクゴナガル先生……」


ジェームズはその人の名をそっと呼んだ。けれどマクゴナガルはジェームズに反応せず、その針をそっと濃い青色の針山に刺した。そこには数本の針がすでに刺さっている。
マクゴナガルはしばらく針の刺さった針山を目に映し、やっとジェームズとシリウスに反応した。


「いつまで残っているのです? 次の授業に遅れますよ」
「でも先生、その針は誰のですか? すっごく綺麗ですよね! …まるで、何度もなんどもマッチ棒から変身させた経験のある、熟練の魔法使いみたいに…」


探るようなジェームズの目に、マクゴナガルはいつもの鉄仮面を表に出して答えた。


「そうだとしたら、貴方はどうするのです?ポッター」


そう言われてしまえば、ジェームズは何も言えない。肩をすくめて教科書を持ち、シリウスを連れてさっさと教室から出て行った。
一人残ったマクゴナガルは、先ほどまで貼り付けていた鉄仮面を外し、悲しげな、少しの切なさを孕んだ瞳で針山に目をやった。


「…またここに一つ、針が増えましたね。貴方が一年生を経験した分だけ、ここに……」


誰もいないという安心感からか、マクゴナガルは数年ぶりに増えた針に涙を流した。
――あの子が笑っていてくれて、よかった。
そんな想いを胸に抱えて…。







「セブルス! こっちよ!」


手を振ってセブルスを大声で呼ぶリリーの隣に座るフィーは、すっかりスリザリンカラーに染められたセブルスを見てすぐに周りを見渡した。
いくらリリーとセブルスが仲の良い幼馴染と言っても、グリフィンドールとスリザリンの確執は容赦なく牙を剥く。その牙がいつ、何時リリーとセブルスに傷をつけるかわからないのだ。

どうしようか、と悩んでいた時、ちょうどジェームズとシリウスが教室に入ってきた。走ってきたところを見るに、滑り込みセーフというやつだ。


「あ! リリー!」


さっきの授業と同じようにリリーの名前を大声で呼ぶジェームズ。すると、まだリリーとフィーのところに着いていなかったセブルスがぎょっとしたように慌ててやって来た。


「軽々しくリリーの名前を呼ぶな!」
「何かな? スニベリー。スリザリンなんだから向こうへ行ってくれるかい?」
「ほーら、お仲間が睨んでるぜ?」


ニヤニヤとジェームズとシリウスが嫌味を言う。それを聞いたリリーはガタンと立ち上がり、キッと二人を睨んだ。セブルスを庇うようにジェームズとシリウス、そしてセブルスの間に立つ。


「セブルスを悪く言うのはやめてって言ったでしょう!?」
「でもリリー、こいつはスリザリンだ」
「だからなに!?セブルスは私の大事な幼馴染みよ!」


まだ先生が来ていないからって好き勝手話すリリー達に、フィーは眉間の皺を解すようにぐりぐりと指先で揉みほぐした。
ホグワーツが創業して何度かこういった言い争いは起こったが、あまりにも久々すぎたのだ。今現在“闇の帝王”として恐れられている男も、在学当時は優等生として振舞っていたためこんな争いごとはなかった(別の争いならあったが)。


「(今の薬学教授が誰かわかんないけど、とりあえず止めないと…)リリー、落ち着いて」
「だってフィー!」
「ポッター達もそこまでにして。この授業は寮合同で、席順も決まってない。セブルスがここに座ろうと問題ないはずだよ」


大人な対応で言いたいことをきっちり言ったフィーは、最後ににっこりと笑顔までつけておいた。「(完璧だ…!)」と内心で自画自賛していると、ケッと悪態付くようにシリウスが顔を歪めた。


「へーへー、いい子ちゃんですねー」


……一つ言っておこう。
フィー・ディオネルという人物は、仲間や友人に対してはおおらかで優しいのだが、それ以外はからっきし。シリウスのように親しくもない人物にこのような言い草をされてしまえば、我慢などできるはずもなかった。


「……あははー。うん、そう、私いい子ちゃんなの!」


小さいノミのようなものをピョイっとシリウスに向かって投げつける。とても小さいものゆえ、無造作に投げられれば見失うことなど容易く、シリウスは「は?」と呆けるしかなかった。
しかし次の瞬間、ぶわりと枯れた葉っぱが大量に出現して、みるみるうちにシリウスは顔を除くところすべてをその葉っぱに覆われた。


「なっ、なんだこれ!?」
「私特製、“ミノミノくん”。ノミみたいな見た目だけど、そこから大量の葉っぱが現れてくっついた相手をミノ虫みたいにぐるぐる巻きにしちゃうの」


ふぅ、と一仕事終えた風にキラキラした笑顔でそう言ったフィーは、キャンキャン喚くシリウスを放ってリリーと向き合った。


「リリーも、喧嘩に乗らない」
「だって……、」
「リリー」
「…ごめんなさい……」


しゅんとして肩を落とすリリー。フィーはくすりと笑って席に座るように言った。セブルスは騒ぎを収めたフィーに小さく「すまない…。」と謝ってからリリーの隣に座った。
伊達に生きてない。こんなくだらない喧騒を収めることなど、フィーにとっては朝飯前だ。


「ほっほう! 集まっているね。」


教室に入ってきたのは、少し小太りで禿げている男。ぐるりと教室を見渡した男は、ミノムシ状態になっているシリウスを見つけた。次いでその前にいるフィーに気づき、丸い瞳をさらに丸くして震える手を伸ばした。


「まさか……、」


そのまま名前を言おうとした教師に、フィーは一つ、まばたきをした。それだけでフィーの言いたいことがわかったのか、教師は伸ばした手を戻して教卓に立った。


「みなさん初めまして、私はホラス・スラグホーン。魔法薬学にようこそ!」


パチンとウィンクをしたスラグホーンは、教卓に立って教室を見渡した。きっちりスリザリンとグリフィンドールの二つの寮が真っ二つにわかれていることはいつものことだが、セブルスがグリフィンドールの中に座っている光景に目を瞠った。だがそれに何を言うでもなく、彼はウンウンと頷く。


「魔法薬学は素晴らしいものだ。なんでもできる。誰かを惚れさせることも、誰かに真実を話させることも――誰かを殺すこともできる」


静かな教室に響く声。薬一つでたくさんのことを叶えられるが、それが時として本当に正しいものなのか――魔法薬を使役するというのはきちんと選ばなくてはならない。間違って使ってしまうとたちまち大惨事を引き起こしてしまうことだって有り得るのだ。
その後スラグホーンは魔法薬学の楽しさを語り、やっと皆がお待ちかねの調合の時間がやってきた。記念すべき初調合は「おできを治す薬」。


「それじゃあ二人組になって始めてくれ!」


二人組は自由だそうで、フィーはきょろ…と教室を見渡した。リリーにはセブルスと組んでもらうように伝え、ペアを探すためだ。しかし周りは次々と二人組が出来上がっていき、フィーはぽつんと一人取り残された。
その状況にシリウスやジェームズは楽しげに笑う。ひとりぼっちになったフィーが心底嬉しいらしい。そんな二人を嘲笑うかのようにスラグホーンが「おや!」と声を上げた。


「君は一人なのかね、ミス・ディオネル」
「はい」
「ふむ…それなら一人でやってみるかい? なーに! 不安になったら私を呼んでくれ」
「わかりました」


どうやら一人でも良いらしい。スラグホーンの演技は天才的だと思いながら、フィーは一つ頷いた。おできを治す薬なんて今まで何十回、下手したら何百回と作ってきた魔法薬。失敗はしないはずだ。
一連のやりとりを見ていたシリウスとジェームズは悔しげにフィーを見たが、すぐに『どうせ失敗するだろう』とでも言いたげにニヤニヤと笑い、それが余計にフィーのやる気を上げさせた。何が何でも失敗するもんか。


「角ナメクジ……」
「……? リリーどうしたの?」
「こ、これ…ほんとに触らなきゃダメなの…?」
「そりゃあ…触らないと魔法薬は完成しないからね」
「………フィーは平気なの?」
「わたし?」


リリーの反応は当たり前のものだ。特に彼女のようなマグル生まれだと尚更。現にスリザリンの女子生徒は「できなぁい!」と可愛子ぶりっ子をしている人を除いたら、みんなテキパキと手際よくこなしている。


「こういうのは慣れだよ、慣れ! 一回やれば慣れるから、まずは頑張ってみよ?」
「う…フィーがそう言うなら…」
「ほーら、セブルスもちゃんと見て上げてよー?」
「お前に言われなくても分かってる! ……ありがとう」
「(でっデレ…!? セブルスが…!)」


小さい声だったがお礼を言われ、フィーはだらしなく頬を緩めて「いいえー」と返事をする。そのあと自分の作業に戻りながらチラッとリリー達のところを見れば、セブルスがたどたどしく教えていた。それをリリーは聞き逃すことなくきっちり聞き取り、怖々とした様子で角ナメクジに手を伸ばす。
そこまで見届け、フィーは無駄のない手つきで調合を終わらせて、薬の入った小瓶をスラグホーンの下へ持って行く。


「先生、出来ました」
「おお! 君が一番乗りだ! どれどれ…見事だ。完成品はまるで学生が作ったものもは思えないくらい精巧!」
「(ホラス…その発言は誤解を招くからやめようか…!)」


フィーがそう思ってももう遅い。ジェームズがこちらをジッと見てきたのだ。まるで観察するように。正体を暴くように――。
その視線をちりちりと受けながら、フィーはふと目の前の教師を見上げた。目が合うと、スラグホーンの瞳は懐かしげに細められ、今にも泣きそうだ。この男は少々涙もろいところがあるが、今泣かれると困る。フィーはさり気なく「またご教授お願いしますね、スラグホーン先生」と口にすると、自分の席に戻った。




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