組分け帽子


ボートに乗り、大きな大きな城へと向かう道中は、新入生にとって未知を膨らませるとっておきのスパイスだ。城の中はどうなっているんだ、あの森には何がいるんだ、などと想像も豊かに膨らむ。
フィーはリリーとセブルスとともにボートに乗ったのだが、だんだんと近づく城を前にへにゃりと眉尻を下げた。リリーとセブルスは間近で見る迫力ある城に目を奪われ、フィーの様子には気づいていない。


「………ただいま、」


――ゴドリック、ロウェナ、ヘルガ、サラザール
名前をかたどったその口からは、音が出ることはなかった。


「わぁ……!」
「本で読んだ通り…天井に星が…」


マクゴナガルに引率されて着いた先は、眩い光に包まれた大広間。四つの長テーブルにそれぞれの寮生が座り、目の前に金色のゴブレットを並べている。上はキラキラ光る星空が瞬き、新入生を幻想的な世界へと誘った。
――変わらない、何も、どこも。
フィーはぎゅうぎゅうに詰められた新入生たちに囲まれる中、蘇る数々の思い出を振り切るように目を閉じた。

やがて、マクゴナガルが教員席の壇上の上に薄汚れた帽子を置いた。なんだなんだと新入生が背伸びをして見守る。帽子はその期待に応えるようにピクピクと動き出し、口を開いて歌い出した。
歌は四つの寮それぞれの特徴を踏まえたもので、毎年違うのだ。だが言っていることはだいたい一緒。ゆえに固定観念が寮生の中に残ってしまうのだが、そもそもの始まりが創始者の性格で分けられているのでまあその考えもあながち間違いではない。


「なんだ…帽子が組分けてくれるのね、」
「リリーはどこに入りたいの?」
「レイブンクローかしら…私たくさんのことを学んでみたいの!」
「セブルスは、」
「スリザリン。」


「どこに入りたいの?」と聞く前に、セブルスはぴしゃりと言い切った。そしてまさかのスリザリン。フィーは「へっ、」と思わず情けない声を出してしまった。


「り、リリーと一緒のとこって言うのかと思った……。」
「…僕は、スリザリンに入らなければならないんだ。」


どこか鬼気迫る顔は、とても子どものそれとは思えない。嫌な予感を感じつつも、フィーは「そっか…、」と話を終わらせた。


「ABC順に名前を呼ばれたら、帽子を被って椅子に座り、組分けを受けてください。
――アイレス・ミリー!」


いよいよ組分けが始まった。途端に緊張感が立ち込める。隣のリリーとセブルスも祈るような顔持ちで組分けされていく様を見つめていた。


「(…今回はどこの寮なんだろ……。)」


しかし、フィーだけはぼんやりとどこか遠くを眺めていた。その間も組分けは進んでゆく。ずいぶん時間のかかった人もいれば、即決で組分けされた人もいる。
リリーとセブルスは即決だった。帽子を被ったすぐ後に「グリフィンドール!」「スリザリン!」と帽子が高らかに叫んだのだ。リリーは最初に希望していたレイブンクローではなかったが、とても嬉しそうに頬を赤らめて笑っている。セブルスも同様にやり遂げた顔をしていた。

中でも驚きだったのは、あのブラック家の人間がグリフィンドールに組分けされたことだろうか。代々ブラック家とは強い純血思想故にスリザリンに組分けされるのが常なのだが、どうやら今年のブラック家の新入生は純血思想ではなさそうだ。


「(……で、もれなく私は最後ってことか。)」


マクゴナガルはまさか本当にフィーがいるとは思いもしなかったのだろう、信じられないという瞳をフィーに向けている。対して、あの催促の手紙を送ってきたダンブルドアは皺の刻まれた目尻にじわりと涙を滲ませた。
――そして、たくさんいた新入生も、残るはフィー一人。マクゴナガルは新入生の名前が書かれたリストをぐしゃりと歪め、幾度も呼んだ名前を口にした。


「――ディオネル・フィー……」


少し、震えている。フィーは思わず苦笑して、周りの視線を一身に浴びる中一歩を踏み出した。二歩、三歩、帽子に歩み寄る。
高い椅子に何とか座り、マクゴナガルがふわりと被せた帽子に、フィーは自然と瞳を閉じた。



「これはこれは…ようやくお帰りになられましたか、フィー様。」
「久しぶりだね。…何年も待たせて、ごめんなさい。」
「待つことなど容易いことです。貴女は必ず帰ってくると信じていましたから。」
「ふふ、……今年のブラック家の子は、スリザリンに入れなかったんだね?」


やはりフィー自身気にかかっていたのだろう、帽子に尋ねる。帽子も「ウゥン…」と唸り、「悩みました。」と正直に答えた。


「私としましては、彼が生まれた時からスリザリンに組分けすることは決めておりました――いえ、決まっておりました。
ですが、彼は帽子をかぶるなり「グリフィンドールにしてくれ」の一点張り。これには私も目が点になりましたよ。」


そして、その希望通りにシリウス・ブラックをグリフィンドールに入れた。それが彼にとっては茨の道になると知っていて。
フィーはふ、と笑うと「さて、」と話を切り替えた。


「今回の私の寮はどこ?」
「えぇ、えぇ、今回も一千年前から決まっております。」
「そんなに前だとさすがに賭け事の順番は覚えてられないわ…。」
「貴女様が覚えていないことは私がきちんと覚えております。ゆえに今回の寮は――グリフィンドーーール!!


大喝采が大広間に響いた。まるで地鳴りのように聞こえるそれにフィーはたまらず笑った。そして帽子を取ろうとした寸前で、帽子がまた話し出す。


「これは、今回の寮が決まった時の記憶でございます。どうぞ――…」


ぶわり、帽子の中に閉じ込められていた記憶が、フィーの頭の中に流れ始めた。







「っ、っ……!きた、俺の時代が…!」
「泣いてる!? ちょ、ほら、ハンカチ!」
「まぁ…ゴドリックが勝ったのって久しぶりだったものね。」
「ちぇ〜、あたしだって最近勝ててないのにぃ」
「ヘルガはこの間勝っていただろう、しかも二連続。」
「あ、ばれた?」


ぺろ、と舌を出してお茶目に笑うヘルガに、サラザールは「バレバレだ。」とため息を零した。ゴドリックは歓喜のあまり、滝のように涙を流している。


「まあ、ただのじゃんけんだけどな」
「だだのじゃんけん!されどじゃんけんだ!」
「チェスで勝てないからってじゃんけんを提案したのゴドじゃんか。」
「あー?なんのことー?」
「しょうがないじゃない、フィー。これくらいでしか勝てないんだから。」
「あ、そっか!」
「ロウェナ!? お前最近ひどいぞ!?」


いつまで経ってもいじられ要因のゴドリックは、落ち込んだようにソファーの上で膝を抱えた。しかし誰も気にする素振りはない。先ほどまで話していたロウェナも今は本に目を移していた。


「んじゃ、サラの次がゴドだね。」
「サラザールは二連続だったか?」
「ん。ゴドは…久々だね、」
「くっそ……見てろ、次も俺が勝ってやる!」


変に意気込むゴドリックにフィーは笑うしかなかった。


「……そうやって、ずっと笑ってろよ。」
「んー?なんか言った?」
「なんもー?それよか紅茶飲むか?」
「え、ゴドリックが淹れるの…?」
「なんでそんな嫌そうなんだよ!」
「だってゴドリック…そういうの苦手じゃんか、」
「苦手は克服する為にあるんだよ!すげぇ美味いの淹れてくるから、そこで待ってろよ。」


にひ、と歯を見せて笑ったゴドリックを見送り、フィーは暖炉の前に大人しく座って待つ。パチパチと燃える火を眺めながら、ついさっきゴドリックが呟いた言葉を思い出した。


「……笑ってるよ、ずっと。」


聞こえないふりして誤魔化した。だって、あまりにも声が切なそうだったから。
ぎゅう、とクッションに顔を埋め、誰にも見えないようにする。隠された表情はほんの少し、辛そうに歪んでいた。








「(……見てるかな、ゴドリック…。)」


意識が現実に戻り、視界がクリアになる。たくさんの目が自身に向けられているのを感じたフィーは、ゴドリックの言葉を思い出して自然と口元がほころんだ。


「(…久々のグリフィンドールだ…。)」


ぴょんと椅子から降り、グリフィンドールの席へと向かう。するとリリーが大きく手を振って隣に座るようにぽんぽんと椅子を叩いていた。
フィーは駆け足でそこへ向かい、リリーの隣に静かに座る。


「一緒の寮になれたわね!」
「うん!リリーと一緒だなんて嬉しい!」
「ふふ、私もよ。」


全員の組分けが終わり、大広間は雑談が多く聞こえ始めた。だがそれを一刀両断するのは、この学校の校長を務めるアルバス・ダンブルドア、その人だった。
彼は校長席から立ち上がると、実に滑らかな歩みで壇上の真ん中へ移動する。大広間全体をぐるりと見渡し、アイスブルーの瞳をキラキラと光らせた。


「ホグワーツの新入生達よ、おめでとう!歓迎会を始める前に――まずは食事からじゃ!よく噛んで食べるのじゃぞ。」


ワァァッ!と歓声が上がり、金のゴブレットしかなかったテーブルの上に次々と料理と皿が並ぶ。ゴブレットの中にはいつの間にか飲み物が入っていた。
ニコニコと笑顔で席に戻るダンブルドアの後ろ姿を眺めたあと、フィーは鶏肉を中心に皿へ盛る。こういうバイキング形式はついつい好きな物に手が伸びがちだが、まさしくフィーもそれだった。皿には鶏肉と申し訳程度の野菜が乗っただけで、圧倒的にバランスが偏っている。


「ちょっとフィー!そんなんじゃダメよ!」
「え?な、何が……、」
「もっと栄養のあるものも食べなきゃ!ほら、これも…これも!」
「あ、いや、リリー、私は…あああ、そ、それはいらな…!」


どんどん皿に盛られ、フィーの情けない声がかすれて消えてゆく。しかしリリーは御構い無しに綺麗にバランスよく盛れた皿をフィーの前に置いた。


「おかわりは言ってね?ちゃんと取ってあげるから。」
「………あい…。」


リリーからの圧を感じながら、フィーは涙目でもそもそとご飯を食べ進めていくのだった。






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