9と4分の3番線。そこは、ホグワーツ魔法魔術学校行きの列車のホーム。
大きなカートにたくさんの荷物を乗せた人でごった返す中、一人の女が目の前で泣きじゃくるハウスエルスを慰めていた。
「ああ、もう泣かないで、レイテル。」
「エーンエーン…!れ、レイテルめは、泣いておりません!フィー様の勘違いでございます……っ!」
「うん、うん、そうだね。じゃあ…これは私の涙ってことにしておこう。」
フィーと呼ばれた女はハウスエルス――屋敷しもべ妖精のレイテルの目元に手を伸ばし、そっと涙を拭った。途端にレイテルは大きな目をさらに丸くする。
「私だって…あの屋敷から、レイテルから離れるのは嫌だよ。だってずっと一緒にいたんだもん、いきなり離れるなんて…って思う。
悲しいのは貴方だけじゃないんだよ、レイテル。」
フィーは自分よりも背の低いレイテルをかき抱き、なだめるように背をさする。これからの生活に不安を感じているのは、むしろフィーの方なのだ。
「レイテル、白蛇のサリンのお世話をお願いね。あの子は連れて行けないから。」
「はい…っ!」
「お庭のお手入れもお願いね。屋敷の結界も。」
「あい……っ!」
「それから…たまには貴方のお菓子も食べたいから、梟便で送ってきてくれる?」
「もぢろん゛でございまず……ッ!」
「ふふ、ありがとう。ほら、もう泣くのはおしまい!私は笑顔のレイテルが一番好きよ。」
自分の服が涙と鼻水まみれになるのも構わず、フィーはレイテルの顔をぐしぐしと拭ってやる。もちろんレイテルは「フィー様にそのようなこと…!」と慌てたが、当の本人が強行突破なものだから、レイテルも諦めた。
ポー!汽笛が鳴る。フィーは最後にレイテルをぎゅっと抱きしめて列車に乗った。
「レイテル、必ず手紙を書くから!」
「はい!お待ちしております!」
にこっと涙で不細工な笑顔を見せたレイテルに、フィーの目尻にも涙がたまる。しかし今流すわけにはいかない。フィーはぐっと目に力を入れて、必死に耐えた。
「行ってきます!」
扉が閉まり、列車はゆっくり動き始めた。窓の外ではレイテルがぴょこぴょこと跳ねるように列車を追う。けれど列車のスピードに敵うはずもなく、次第にレイテルの姿は小さくなってゆく。
レイテルの口元が「行ってらっしゃい」とかたどった気がする。くすりと笑い、その反動でぽろりと涙が落ちたがそれもすぐに拭って、フィーは先に取っておいたコンパートメントへ向かった。
「……えーと、」
はずだった。が、そこには二人の男女が座っていて、フィーは当然困惑状態。ぱちぱちと目を瞬かせると、二人が一斉にフィーを見た。
「あら?もしかして…この荷物、貴女の?」
「あ、え、はい、そうですけど…」
「ごめんなさい…コンパートメントがどこも空いてなかったから、勝手に座っちゃって…」
申し訳なさそうに謝るのは赤毛の女の子。たっぷりの髪を揺らし、しゅんと俯く姿にフィーはあわあわと両手を振った。
「私こそすみません!荷物置いて場所取りなんてして…こんなに人が多いのに、」
「ふふ、じゃあ…相席でもいいですか?」
「も、もちろんです!…あ、えっと、そちらの人さえよければ……」
フィーが目を向けたのは、赤毛ではなく黒髪の男。しかし男は手元の本に目を向け、フィーを一切見ようとしない。そんな男の態度に赤毛の女が「もう!セブルス!」と窘めるが、男は聞く耳持たず。一貫としてその態度を保っていた。
「勝手にすればいいだろう。」
「セブルスってば…素直に『いいです。』って言えばいいのに。」
「リリー!」
「やだもう、大きい声出さないで!じゃあどうぞ!」
「あ、ありがとうございます」
なんとなくそろっとコンパートメントに入り、空けられた女の隣に座る。フィーはもう着くまで寝ていようかと思ったが、隣から感じる視線に断念した。
「えっと……」
「貴女、一年生?」
「あ、はい。」
「わあ!私も今年入学するの!セブルスもよ。」
10年間、他人との関わりを避けていたため、フィーは女のテンションについていけずにいた。
「私、リリー・エバンズ。よろしくね。」
けれど、優しい笑顔を向けられて、フィーも自然と口元を綻ばせた。きゅっとスカートの裾を掴み、
「私はフィー…フィー・ディオネル。よろしくね、リリー。」
「ええ、よろしく。この人はセブルス・スネイプ、私の幼馴染みなの。」
「幼馴染みなんだ?」
「そう。私の両親はマグルだから、魔法界のことをたくさん教えてくれたの!」
「ほーら、いつまでも本を読んでないで!ちょっとは話に寄ってきてよ。」とセブルスの読んでいた本を無理やり奪うリリー。セブルスは「いきなり何するんだ!」と怒ったが、いつものことなのかすんなりと諦めていた。
そんな二人にフィーはクスクスと笑う。この闇が蔓延する世界で、マグル生まれの子が魔法界生まれの子と仲良くしているだなんて。夢にも思わなかった。
「よろしくね、セブルス。」
「…ファミリーネームで呼べ」
「よろしくね!セブルス!」
「二度も言わなくていい!それから、」
「セブ、そんなんじゃあ友達出来ないわよ!」
「だから、僕にはリリーさえいれば、」
「セブー、そんな固いこと言わないでよー。」
「〜〜〜っ!!」
リリーが呼んだ愛称でフィーも呼び、ぐいぐいとローブの裾を引っ張る。セブルスは耐えられないとでも言うかのように顔を真っ赤にしたが、やがて深く息を吐き出した。
「……リリーが仲良くするから、仕方ないから僕も友達になってやる…フィー。」
「!!」
「セブルスってば…」
「なーんだ、友達になりたかったんなら素直にそう言ってくれれば良かったのに!ツンデレだなあセブルスは。」
「誰がだ!僕は仕方なくと言っただろう!」
「えー?聞こえなーい。」
ぷいっと顔を背けるフィーに、セブルスも意地になって「こっちを向け!」と怒鳴る始末。そんな声を聞きながら、フィーは不思議と暖かい気持ちに包まれた。
「(私…普通に話せてる……。)」
そんな自分に内心驚きながらも、どことなくくすぐったい気持ちにフィーは隣のリリーに抱きついた。突然のことに戸惑うリリーだが、すぐにふわりと微笑んでフィーの頭を撫でる。
「フィーは甘えたね。」
「ふふふー、そうかなぁ?」
「えぇ、とっても。」
「(なんだか、ロウェナみたいだ……。)」
姉のように慈しみの眼差しを向けられ、フィーは一身にそれを浴びたまま眠りについた。久しぶりにホグワーツに行くことが決まり、あまり寝付けずにいたのだ。
「あら、寝ちゃったわ…。」
「ふん、どうせ楽しみで昨日の夜寝れなかっただけだろう。」
「そういうセブルスだって、楽しみにしてたくせに。」
「なっ!ぼ、僕はただ、」
「こら、フィーが起きちゃうわ!」
図星からか、頬を赤らめたセブルスがリリーに否定の言葉を口にしようとしたが、それより先にリリーに「しー!」と静かにするように、とジェスチャーされ、セブルスはうっと言葉に詰まり席に座り直した。
「……なんだか私…フィーとは凄く仲良くなれそうな気がするの。」
「…突然どうした?」
「ふふ、私にもわからない。ただの勘だけど、」
リリーはフィーの目にかかる前髪をそっと分けてやり、穏やかな寝顔を見つめた。
「きっと私、フィーと親友になる気がするわ。」
そのリリーの勘はのちに当たることとなるのだが、今はまだそんなこと知る由もなく。
ただ不思議な感覚にリリー自身も首を傾げるのだった。
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