この出逢いは偶然か、必然か
1日目、2日目と順調に過ぎ、3日目。
小野田は朝早くから起きて、一人遅れている分の周回を取り戻そうと自転車を漕いでいた。
徐々に重たいホイールにも慣れてきて、ペースも上がってきている。登りでギアを1枚重くしたりと小野田は着実に自分の走りを取り戻していた。
と、そこへ前方に二つの人影が小野田の視界に入る。金城か、巻島か、田所か、そう思いながら追いかけてみようと速度を上げていく。
「まって!」
ほぼ無意識に口から出た声。それに前方の人影は気づき、くるりと小野田の方へ振り返る。
「あれ…」
「やぁ、キミは…あの時の!」
「ま…え!? 真波くん!! 雫ちゃん!!」
自転車を漕いでいたのは、箱学の一年生クライマーの真波山岳と、今はまだ自宅で寝ているはずの雫だった。
「!?……!?えっ…えっ、真波くん!? 雫ちゃん!? え!? 本物!? な、何でいるの!? え!? ここに何で!?」
「あっははは!坂道君焦りすぎー!」
「だっ…え!?」
「へー、キミ、総北高校だったんだ。しかも自転車部!雫ちゃんの次に出会った部員第2号がキミかー!」
「え?…え、そうだけど知ってるの!? え、何?第2号!?」
「山岳君、偵察に来たんだってさ!」
「(えーッ!て…ていさつー!?)」
驚く小野田を見てケラケラと笑う雫と真波。
「でも、見るだけじゃつまんないでしょ。せっかくCSP行くなら走ろうと思ってさ。坂、あるしね!」
「ほんとびっくりしたよ。いつも通り早朝から走ろうと思ったら山岳君がいたんだもん。最初は自転車泥棒かと思ったよ!」
「あはは!ごめんごめん」
仲良さげに話す雫と真波に、小野田は付いて行けずにぽかんとした顔をする。それに気づいた真波は、笑いながらプチプチと上に着ていた学校のシャツのボタンを外した。
前から来る風で、シャツはバサッと後ろに靡く。その下に着ていたのは、箱根学園自転車競技部のジャージだった。
「オレ、これでも一応…自転車部なんだ。去年のインターハイ覇者…神奈川県代表、
自信満々に言い放つその姿は、正に箱学の看板を背負うに相応しい。
そんな真波に小野田は呆然と口を開けるしか出来ない。
「あはは。と言ってもオレ1年だから、去年のことはわかんないんだけど」
「えっ、ああっ、本当!? でも1年生なんだ、ボ、ボクも同じだ!」
「いいねー!雫ちゃんも1年生だったし、偶然だね!じゃさ、出る?
今年のインターハイ!」
「いや、それは…たぶんムリ…」
「なんだー、出ないのおー!?」
即答でムリだと言い放った小野田を、雫は後ろから眺める。
小野田はムリだと言った。けど、雫はそうは思っていない。ロードレースに必要なのは沢山あるが、その中でも小野田のような意外性は、総北でも最高のスパイスになるだろう。
すると、小野田がいきなり競争しようと坂の上を指差した。途端に真波の顔は綻び、目をキラキラさせている。
「いいね!いこっ、いこっ!楽しいね!! 楽しい企画だ!! 雫ちゃんも一緒に!ね!!」
「うんっ!わはっ、楽しみー!!」
「あはは…あ。あ、こ、この間はボトル…ありがとう、助かったよ!とっても!ごめん、返すね、今ボトルを!!」
「あーっ、いいよいいよ。あげたやつだし」
「なあに?坂道君、いつ山岳君に会ったの?」
「二日くらい前かな?自販機の前で彼が倒れててさ、そこでアクエリあげたの」
「あー…、あの途中でワゴンで拾った時のことか!」
雫は直接このサーキットに来ていたから実際には見ていないのだが、後から来たワゴン車に乗って小野田が来たと聞いたときは驚き、大爆笑した。
そんな雫に怒るわけもなく、小野田はえへへ、と頭の後ろに手を当てながら笑うものだから、困ったものだ。もっと怒ればいいものを。
「とにかく、あれはもうキミのもんだ」
「でも…!」
「んじゃ、この競争。勝ったら返して」
真波の言葉に、小野田は間髪入れずに頷いた。
そこで三人は一気に加速する。
「そうだ。まだ聞いてなかった、キミの名前。聞いてもいい?」
「あ、うん。ボク、小野田。小野田…坂道!」
「(小野田坂道。…坂道!!)
最ッ高ーの名前じゃん!!」
ドゴッ!と鈍い音を発しながら、バイクは更に加速していく。最後尾にいる雫は、目の前でされていた自己紹介ににまにまと笑っていた。
坂道に、山岳。
クライマーであり、山をこよなく愛する雫にとっても、この二人との出会いは偶然ではないと思っている。
結果、勝ったのは雫だった。
「速いなぁ、雫ちゃん」
「へへ〜、伊達に走ってないよ。そうやすやすと負けられませんから!」
「…坂道くん、スニーカーでペダル漕いでるんだね」
「…ロードを始めてまだ間もないからねぇ。靴すら知らないよ」
「教えてあげないんだ?」
「そりゃあ言いたくてうずうずするよ!…でも、その役目は私じゃないから」
に、と笑うと、真波もきょとんとした後、あははっ!と声を上げて笑った。そして真波の愛車を見ている小野田へと近寄っていく。
何やら話している二人を見て、なんだか無性に会いたくなるのは、愛しい愛しいあの人。
「…仲直り、したいなあ…」
箱学のジャージが、雫には眩しく映った。
「――じゃ、私も先に降りるね!」
「え?あ、ぼ、僕も、」
「はいはい、いいから。…ドリンクとか、用意してくるね」
目が、違う。
すぐにその事に気付いた雫は、くすりと小野田に分からないように笑って、FELTに乗って坂を下りていく。
きっと、今泉や鳴子が後ろから来ているだろうと予測して。
「…私も、出てみたかったな」
何が、なんて、口にしたくない。けれど、目指してみたかった。
何度も何度も見に行った。みんな限界まで、限界以上にペダルを回して足が千切れそうなのに、それでもただひたすらにゴールを目指して。
最終日の最終ゴール、天を仰ぐ者と、地へと項垂れる者。
その両者を、ずっと見てきた。
「あー…ちくしょ、」
最近はこんなこと、思わなかったのに。
悔しそうな声を零し、雫は無心になろうと前を見据えた。
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