いざ、合宿へ
東堂と初めての喧嘩をしてから、数日が経過。仲直りをするはずもなく、そのまま合宿へと突入してしまった。と言うのも、あれから東堂は謝りの電話どころかメールすらしていないのだ。あの東堂が、だ。そのせいで雫もついつい連絡が出来ずにいる。
途中、小野田がバス酔いで急遽道に置いていく事になったりもしたが、あのまま無理にバスに乗せていたらそれこそ大惨事だっただろう。
「おい小野田。コースの下見時間20分しかもらってないんだ、急ぐぞ」
「あ、はい、ごめん!今すぐ…うあっ、」
「「「(こけた)」」」
そんなこんなで、一年生四人でコースを歩きながら確認していく。そこでふと小野田は首を傾げながら口を開いた。
「そういえば…雫ちゃんは?」
「寒咲自転車店の車に乗ってなかったのか?」
「う、うん…」
「この合宿には参加せーへんつもりかいな、雫ちゃんは」
「そんなわけないだろ」
と、ここでまた鳴子と今泉の喧嘩になる。かと思いきや、四人の後ろから自転車のタイヤの擦れる音が聞こえてきた。
ジャァァ、という音はなんともリズミカルで、聞いているだけで自分たちも自転車に乗りたくなってくる。
そんな感情のままに後ろを振り向くと、そこには今まさに話していてた人物が自転車に乗りながらやって来た。
「な、」
「あれ?今下見中?遅いねぇ」
「えっ…雫ちゃん!? な、何で自転車に乗って…」
流石に走り去るつもりはないらしく、雫は自転車から降りて四人と一緒に歩きながら質問に答えていく。
「ほら、坂道君には言ったじゃない?私の家が神奈川の箱根にあるって。だから
その説明に四人はなるほど、と頷く。
ついでに、何故鳴子が雫の事を名前で呼んでいるのか、何故雫が小野田を名前で呼ぶようになったのかを説明しておくと、理由は簡単だ。
この合宿の日までに仲良くなったから。
雫は名前で呼ばれる事を好む。そして、小野田を名前で呼ぶのはただ単に坂道、と言う名前が好きだからと言うなんともクライマーらしい理由だ。
「というか既に汗をかいてないか?どれだけ走ったんだ」
「んー…、もう10周は走ってるからなあ。そりゃあ汗も出るでしょー」
「じゅっ…!? ちょい待てや、これ1周5kmやで!?」
「だってさ、みんなの合宿がスタートしたら私もう走れないし。だからそれまでいっぱい走っとこうと思って、朝早くから来て走ってたの」
思いもよらなかった事実に、四人は驚きで言葉も出ない。それに雫はニヤリ、と好戦的に笑ってみせた。
「慣れ不慣れはあるかもしれないけど、今回の合宿…相当厳しいらしいよ?まあでも…、これくらいこなさなきゃ、インハイなんて夢のまた夢だよね?」
それに、箱学の練習メニューの方が過酷だけどね
心の中だけでそっと付け足すと、雫はそれじゃあ!と言いながら華麗に自転車を漕いで先へ行ってしまった。
残された者はと言うと、
「…なんや、あれ」
「な、鳴子くん?」
「あんな挑発されたら、意地でも突破せなあかんやろ…!!」
「フン、あそこまで言われたら黙っているわけにもいかないな」
どうやら鳴子も今泉も、先程の雫の挑発に触発されたようだ。目をギラギラと光らせ、ロードに乗りたくて体がうずうずとしている。
そんな二人を間近で見た小野田は、純粋に凄いと思った。それと同時に、
「(近づけるかな…鳴子くんや今泉くんに…雫ちゃんに…!)」
ぎゅっと手を握りしめ、瞳をまっすぐに前へと向けた。
「――…さーて、やっと合宿スタート、か。しかけされてる人もいる中、4日間で1000km走破。
リタイアは、誰かな」
楽しそうに笑いながらスタートした男達を見て、雫は休憩しながらドリンクにタオルの準備等をする為に建物の中へと入っていった。
合宿1日目。
これからが、本当の地獄の始まりだ。
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