Time of Moment | ナノ


思わぬ勧誘

朝、いつも通り途中まで電車に乗り、学校から少し離れた所で降りてそこからロードで学校まで行く。

たったそれだけの事が、雫にとっては幸せな時間だ。



「くぁぁ…あ、小野田君。おはよ」

「おはよう、雫ちゃん。あ、あの…ちょっといいかな?」

「ん?なになに?」

「あの、」
「邪魔するでぇー!」



小野田の言葉を遮ったのは、赤い頭の鳴子だった。そのすぐ後ろには今泉もいる。

チャリ部勢揃いだな、と雫はしぱしぱと目を瞬かせながら心の中で驚いた。



「えーっと…私に用事?」

「せや!あんな、いきなり言うのも何やねんけど…自転車競技部のマネージャーになってくれへんか?」

「…….…は?」

「うちには今マネージャーが一人しかいない。頼む」

「へ……」

「ぼぼぼ、僕からもお願い!その…雫ちゃんが入ってくれたら…何と言うか、頼もしいし…僕も嬉しいし…」

「や……」



鳴子、今泉、小野田に言われ、雫はぽかんと口を開けて惚けてしまう。それもそうだ、朝いきなりそんな事を言われれば誰だって固まってしまう。

雫だって、出来るなら力になってやりたいし、むしろならせてほしい。だが、自分は箱学と深い関わりを持っているし、何よりインハイは箱学に優勝して欲しいという想いだって持っている。



「その…話は嬉しいんだけど、私って地元が箱根でさ。昔からずっと箱学を応援してて…、知り合いとかも沢山いるから…私には無理かなあ…ごめんね?」

「えぇ!? そんなん言わんと…頼むって!」

「ごめんね、鳴子君…だっけ?」

「あぁ、自己紹介してへんかったな!ワイは鳴子章吉や。よろしくな!」

「俺は今泉俊輔だ」

「私は間宮雫。よろしくね」



で!マネージャーやってくれへんの!?

せっかく和やかな雰囲気で話が流されるかと思ったが、どうやら鳴子はしつこいようだ。

雫は困ったように笑いながら、うん…無理かな、と申し訳なさそうに断る。



「やっぱりずっと箱学を応援してたから…」

「「今年は総北が勝つ(で)」」



今泉と鳴子が声を重ねて宣言する。それと同時にチャイムが鳴り、この場はそれでお開きとなった。

出て行く最中もお互いに言い合う二人を見送り、雫は今まで黙ったままだった小野田に笑いかける。



「…どうしよっか」

「ご、ごめんね。でも…本気だよ。ちょっとでいいから考えておいてくれないかな」



小野田の真剣な瞳に、雫は頷く他なかった。










――お昼休み

皆がお弁当を広げていく。勿論雫も例外ではなくて、友達と机をくっ付けて食べようとしていると、教室の扉がガラガラ!と開いた。

反射的にその方向を見ると、そこにはタマ虫色の髪の男、巻島がいた。



「巻ちゃん!」

「雫、ちょっといいか?弁当持って来いっショ」

「んん?ん、わかった!」



突然どうしたのだろう、と首を傾げながら友達に一言断りを入れて、雫は広げようとしていたお弁当箱を持って巻島と共に教室から出ていく。

巻島の斜め後ろを着いて歩くと、連れて行かれたのは記憶に新しい自転車競技部の部室だった。



「巻ちゃん?ここは…私部員じゃないから入れないよ?」

「許可は取ってあるっショ」




戸惑う雫の腕をグイッと引っ張り、巻島は無理やり中へ入った。

転けそうになりながらも雫も中へ入ると、そこには金城、田所、今泉、鳴子、小野田、幹が既に揃っていた。



「お、おおお、お邪魔します…!」



緊張しながら巻島の隣に座る。小野田の隣と迷ったのだが、ここは慣れ親しんだ巻島の隣が一番安全だと判断したのだ。



「急に呼んですまないな、間宮」

「い、いえ!えと…私に何か用ですか?」

「あぁ。無理を承知で頼む。自転車競技部のマネージャーになってくれないか?」

「っ…(どうしてここまで私を誘うの!? 嫌がらせ?嫌がらせか!だいたい私がやりますって言っても尽八が許すわけないし!巻ちゃんだって知ってるでしょ!?)」



口に出して言えない分、心の中で思う存分文句を言いまくる雫。巻島は雫の考えている事が分かるのか、そっと雫から視線を外した。



「あの…お話は嬉しいんですけど…、お断りさせてもらいます」



その返事が分かっていた巻島はふっと息を吐いた。ここからが自分の出番だと。

金城達も強い瞳で巻島へ目線を送った。その想いを受け取った巻島は、雫と向き合うように座り直す。



「ま、巻ちゃん…?」

「…雫、お前の考えてることくらいわかってるショ」

「わかってるなら…どうしてこんな事言ってくるの?」

「それでも雫に入って欲しいからっショ」

「…反則だ。反則だよ、巻ちゃん」



嬉しくないわけがない。口ではいくら否定しようとも、ずっと雫は憧れていたのだから。


箱学の自転車競技部を見て、育ってきた。東堂が箱学に入学して、チャリ部に入部してからは更に足を運ぶようになった。

その頃からずっとずっと、夢見ていたのだ。


――私も、自転車競技部に入ってみんなと夢を追いかけたい。


その想いがずっと残っているからこそ、今回のこの誘いは蓋をしていた筈の雫の本当の気持ちを溢れさせた。



「…私、欲張りだから…箱学も応援しちゃうかもしれないよ」

「わかってるよ。…それでもいいってみんな言ってるショ」

「…皆さんに迷惑かけちゃうかもしれない」

「仲間なんだ、迷惑ぐらいかけて当然っショ」

「……ずるい、ずるいよ…」



ぎゅう、と膝の上に置いていた手を握りしめて俯く雫。巻島はクハッと笑って雫の頭をくしゃくしゃと撫でた。



「オレ達には雫が必要っショ」



その言葉は思ったより破壊力があったらしく、雫は顔を真っ赤にさせて巻島に抱きついた。それを側で見ていた小野田や今泉達も顔を赤くさせている。



「ばか!巻ちゃんのばか!」

「それは言い過ぎっショ…」

「もう!尽八に説得するの手伝ってよね!」

「クハッ、わかってるっての」

「え、え?つまり…?」



小野田があわあわとしながら巻島と雫を見やる。そんな小野田を見て可笑しそうに笑った雫は、改めて、と自転車競技部の部員達へと向き直った。



「間宮雫です。…これから、どうぞよろしくお願いします!」



待ち侘びたその言葉に、部室は歓喜の声に包まれた。








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