Time of Moment | ナノ


お暇な日常は本日までです

巻島と小野田と勝負したその日の夜。

雫は興奮気味に東堂と電話していた。



「でね、でねっ!小野田君はペダルをガーッ!と回してて!高回転で私に追いついたの!」

《そうか、それは凄いな!》

「でしょ!? まあその後は、私と巻ちゃんに離されちゃったんだけど…でも、凄かったよ!とてもロードを始めて数週間の走りとは思えない!」

《まだそれだけしか経っていないのに、その小野田君とやらは雫と巻ちゃんに追いついたのか!?》

「そう!凄いよね!」



盛り上がる中、東堂は大声を出しすぎて荒北が怒鳴りに来た。



《ッセェんだよ!ちったァ静かに喋れ!》

《それは無理だ!今とても大事な話をしているんだ、邪魔をするな荒北!》

《それァコッチの台詞だっつゥの!!》



相変わらずの口の悪さに、雫は小さく笑ってしまう。しかし、今回は東堂が悪い。そして自分も。時間を考えずに大声で話していたら、それは周りに迷惑が及ぶ。



「尽八、今回は私が悪いよ。靖友君にごめんって言っといて!」

《む、なぜ雫が悪くなるのだ!》

《アァ?その電話って間宮チャン?》

《そうだ!箱学に来れなかったからこうして電話をしているのだ!》

《チッ…ちょっと代われ!……間宮チャン?何で箱学に来なかったノォ。絶対に来るって言ってなかったっけェ?》

「靖友君!いきなり代わるからびっくりしたよ…」



突然声が荒北に変わりビックリする雫を他所に、荒北は質問攻めをする。

何故、荒北と知り合いなのかと言うと、答えは簡単だ。
箱学には雫が中学の頃から頻繁に足を運んでおり、尽八と一緒にいると自然と関わるようになったからだ。


最初はリーゼント頭な荒北に怖がり、みんなに隠れて東堂に泣きついた事もあるが、ある日突然そのリーゼントが無くなり、自転車に乗って真っ直ぐ前を見据える荒北を見て、徐々に懐いていったのだ。



「私だって箱学に行く気満々だったよう」

《だったら来れば良かったじゃナァイ。なに、受験に落ちたとか?》

「ちっがうよ!靖友君じゃないんだから!」

《…言うじゃねェか…》

「……あ、…ごめーん!」

《軽いんだヨ!!》



こういう言い合いも懐かしい。雫は顔を綻ばせながら、家からの試練だと伝えた。

荒北達は、雫と尽八の家のことや二人の関係を知っているため、それだけでどういう意味か十分に伝わる。



《なるほどネェ。大変だな、間宮チャンも》

「だから、電話相手…巻ちゃんにプラスされて私もだから。なるべく邪魔しないようにするけど、尽八の声が大きくなっちゃったらごめんね?」

《ッたく!面倒くせェなァ!》

「ひひー、ごめんねー」

《だからもっと気持ちを込めろォ!!》



その後もブツブツと文句を言いながら、荒北は東堂へ携帯を返した。瞬間、東堂は電話だと言うのに大声で叫んできた。



《雫!! 大丈夫か、泣いてはいないか?荒北にいじめられていないか!?》

《テメェそこで聞いてたクセに何言ってンだヨ!!》

「だ…大丈夫だよ、尽八。靖友君がそういう事しないの知ってるでしょ?」

《む…それもそうだな…。で、巻ちゃんとの勝負はどうだったのだ!?》



ワクワクとした声で聞かれ、雫は思わず口を閉ざしてしまう。心配そうに自分を呼ぶ東堂の声が耳にするりと入り込んでくる。

雫は口元に弧を描いて、うん、となるべく普段通りに話そうと心がける。



「…負けたよ。あとちょっとのところで」

《…そうか。見ものだっただろうな、巻ちゃんと雫の勝負は》

「にひひー、後ろから総北の人たち数人が着いてきてたの。…私の走り、驚いてたよ」

《それはそうだろう!何故なら雫の最初の走りはオレと一緒なのだからな!》

「一緒って…私のは尽八ほど凄くないよ!尽八のがよっぽど凄い!」

《当たり前だ!オレは“眠れる森の美形スリーピング・ビューティー”の名を持つ者だからな!》

「森の忍者でしょ?」

《違う!》



暗い雰囲気も吹っ飛ばす東堂に、雫は心の底から感謝した。



《次だ。次があるだろう…特に同じ高校なのだから。いつでも勝負を申し込めるだろう?》

「そうだね…。リベンジマッチを申し込もうかな!」

《うむ、巻ちゃんなどコテンパンにしてしまえ!》

「了解しました!」

《つかもう夜遅いんだケドォ!? 二人ともさっさと寝ろよバァカ!》



雫にも聞こえてくる荒北の言葉に、東堂は「まだいいではないか!」と反発する。

仲がいいんだから、と思いながら雫も荒北の言葉に頷いた。



「明日も朝練あるんでしょう?と言うか…靖友君も尽八も、朝練の前の早朝練する気でしょ!」

《う……それは…そうだが…》

「なら早く寝ないと。自己管理は大切だよ!あ、と!尽八いつも言ってるでしょ。夜更かしはお肌の敵だって。なら早く寝なさい!」



強い口調の雫に、東堂も渋々頷いた。これだけ言ったら巻島には電話をかけないだろう。雫はとっくに寝ているであろう巻島を思い浮かべ、とにかく祈った。

――尽八が巻ちゃんに電話をかけませんように、と。



「(今晩電話しなかったら明日の朝早くにかけそうだけど…それくらいは許してよね、巻ちゃん)」



どうやらいつの間にか始まっていた東堂VS荒北の果てしない言い争いは、荒北が折れたようだ。けれど彼の心情を表すかのようにバタン!と大きな音を立てて閉まるドアの音に、雫は心底謝った。ごめん、靖友君。



「じゃあね、尽八。もう今日は巻ちゃんに電話かけちゃだめだよ」

《分かっているさ。明日の朝かける事にしよう。では…あったかくして寝るんだぞ、雫》

「うん。尽八こそ体調管理しっかりね。おやすみ」

《あぁ、おやすみ》



穏やかな声に、雫の心も穏やかになる。

出来るなら、直接聞きたかった。



「…明日もがんばろ」



ぼふっと布団に潜り込む。そして今日の疲れを癒すように雫は深い眠りについた。



この時の雫はまだ知らない。





「マネージャー?」

「あぁ、寒咲だけでは大変だろう。もうすぐ合宿も始まる。誰かロードレースに詳しい奴はいないのか…」

「あー…なら、アイツでいいんじゃね?」

「巻島?心当たりがあるのか」

「心当たりっつーか…まァ…。反対されそうだけど…(主にアイツの彼氏が)」

「勧誘ならオレ達も精一杯やるさ。な、田所」

「おう!任せとけ!」

「あー……なら、……………」

「……確かに、彼女ほど適切な人選はいないだろう」

「なら早速明日から勧誘かァ?」

「さ、最初はオレが行くっショ…。初っ端から田所っちが行ったらビビッちまう…」

「…そうだな。それなら、一年生達と頼んだぞ、巻島」

「っショ!(アイツが良くても……あぁ、気が重いショ…)」






こんな会話がされていたなんて、雫は本当に知る由もなかった。







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