優衣の口から紡がれたものは、とても信じられないものだった。
「泡沫の王って…何言うてんねん…、そもそもそれは伝説の話やろ…?」
「…どう思ってくれて構いません。…どうせ、またすぐ忘れますから」
「へ…?」
泡沫の王は「消滅」を司る。故に、何でも願えば“消える”のだ。
「莫大な力を使った反動で、記憶が消える。…周防さんに拾われた時も、この性質のせいで記憶が無くなった状態でした。
記憶がいつ戻るのか、それは私にもはっきりとは分からない事ですが…一つ言えるのは、“記憶が戻る時、即ちそれは世界に不要物質が現れた時”」
そして、今回の“不要物質”が、姫百合姫子。
告げられた言葉に、バーは静まり返る。誰もが信じたくないと思っている中、姫子が不敵に笑い出した。
「フフフッ…フフッ、ほんとありえなぁい。せっかく人殺しになってまでこの世界に来たって言うのに…先に先客が居たなんてさぁ…」
「…それ、さっきからどういう意味なの?」
「だからぁ、この世界はアニメの中の世界なのぉ!みぃんなアニメの登場人物。原作者によって操られてるただの操り人形よぉ!」
十束の問いに、姫子は楽しそうにペラペラと話し出した。愉快に染められた表情は見ていて不愉快だ。
草薙達は別の人物を見たかのように顔を歪めている。
「そんな世界に来られて、アタシは幸せだった!逆ハー補正も付けてもらえて、みんなに愛されるはずだった!なのに!アンタが居るせいでアタシの計画台無しよ!!」
キーキーと金切り声を上げる姫子の敵意に、表情一つ変えない優衣。
――どうでもいいのだ。所詮は頭の狂っている奴の戯言。
「…もう、いい?」
決して大きな声ではなかった。
なのに、たったその一言で、姫子は内側から恐怖で身体が震えてきた。
消される、そう思ったのだ。
「貴女の言葉を借りると…“この世界”に貴女は必要ないの」
「…っ……いや…」
「まあ、真白を殺した時点で貴女の生は終わっていたけどね」
「ごめ、なさ…あやまる、からぁ…っ」
「さようなら、姫百合 姫子」
カツン、カツン、と姫子に近づく優衣。近くなった距離に姫子が後ずさりしようとしたが、それは優衣が許さなかった。
ぎゅ、と姫子を抱きしめて、姫子の耳元でそっと囁いた。
「――消えて?」
淡い水色のサンクトゥムが広がる。その中心に居る優衣と姫子は、目を開けていられない程の光に包まれた。
そして、その光が明けた頃には……、
もう、姫子は居なかった。