いつも騒音で包まれているバーが静かなのは、いつ以来だろうか。いや、静かな日なんて無かったかもしれない。
それくらい、珍しい事なのだ。
「…何者って、姫子はぁ…ただの普通の女の子だよぉ?」
「「これで姫子もKの世界に行ける」…これってどういう事?」
優衣の言葉に姫子は大袈裟なくらい驚いた。当たり前だ、その台詞は確かに自分で口にした事のあるものだったのだから。
問題はそこではない。問題は“何故、優衣がその事を知っているのか”、と言うところにある、
「…わけわかんなぁい。優衣ちゃん、ちょっと頭可笑しいんじゃなぁい?」
「駅で、人を押した感覚は…まだ残ってる?」
「!」
もう誤魔化せない。姫子はすぐに気付き、これでもかというくらいに優衣を睨みつけた。が、周りには草薙や八田、十束や周防がいる事を思い出し、涙を流そうとするが、
「もう泣くのはいいよ。見飽きたから」
それに、もう草薙さん達も見たよ。今の貴女の睨んだ顔。
そう優衣に言われて、慌てて姫子は周りを見渡す。その言葉通り、草薙や八田は信じられないものを見たかのような目で姫子を見ていた。
「いろいろ言ってくれたよね。私が…何だっけ?貴女を殴った?蹴った?その他にも…えーっと…、男を使って襲わせた、だっけ?」
「っぜ、全部本当の事じゃなぁい…。姫子間違ったこと言ってないもんっ」
「自作自演でしょう?そんなにしてまで私の居場所奪って…楽しかった?」
「…ッ何なのぉ!? どうして、っどうして姫子をいじめるの!? もう勘弁してよぉ…!」
「……
夢宮 真白」
突然、一人の名前を呟いた優衣。姫子は何?と言いたげな目をしたが、周防や草薙、十束は違う。
その名前を、三人は確かに聞いたことがあった。
「知らないだろうね、自分が突き落とした人の名前なんて」
時が、止まったように感じた。
ただ一人、アンナだけは赤いビー玉越しに知っていたため、黙って周防の側で俯いている。
「…ど、して……なんで、っ何でアンタがそれを知ってんのよ!!」
いつもの甘ったるい声じゃなく、キーキーと金切り声を上げた姫子に、草薙達は驚いた。それもそうだ。草薙達の目に映る姫子は、いつだって甘い笑顔を浮かべていたのだから。
「なんなの、やっぱりアンタもあたしと同じようにトリップしてきたんでしょう!?」
「とりっぷ…?」
「とぼけんじゃないわよ!っあーもう!アンタのせいで全部台無しよ!あたしの計画が!!」
ぐしゃぐしゃと髪を乱す姫子に、草薙達は呆然と見つめるしかなかった。と、そこへある一角から突き刺すような殺気が漂う。
……そう、周防から。
「み、尊…」
「黙れ。お前らからは後で詳しく話を聞く。けどその前に…おい
女、お前からだ」
ギン、と目を鋭く細めて姫子を睨む周防。けれど、それを止めたのは優衣だった。
「いいです、周防さん。これは私と彼女の問題ですから」
「…お前を傷つけられて黙ってられるか」
「!……そのお気持ちだけで、十分です」
柔らかい笑顔を周防に向けた優衣は、また姫子に向き直る。
そして、衝撃的なことを口にした。
「貴女が駅で突き落とした人、夢宮 真白は…私のクランズマンだよ」
「は……?なに、言ってるわけ…?あたしが駅で人を突き落として殺したのはこことは違う世界!しかもクランズマンって…アンタは王かなんか!? 頭大丈夫!?」
吠える姫子に、優衣は静かに淡い水色のサンクトゥムを出現させた。
それだけで、分かる。
茅野優衣が、王なのだと。
「私は、第零王権者、泡沫の王。夢宮真白は泡沫の王のクランズマンだよ」
ここに、伝説と謳われた王が名乗りを上げた。