葦中学園での騒ぎの日から、数日。草薙が経営するバーには、吠舞羅のメンバーと優衣が居た。
優衣は顔を下に向けて座っている。その隣には周防が踏ん反り返っていた。周防が隣に居る事で、いよいよ優衣の逃げ場はなくなった。
「…ユイ、」
「アンナ……」
「また、ユイに会えてよかった」
ぎゅうっと優衣に抱きつくアンナ。そんなアンナに優衣も泣きそうな顔でアンナを抱きしめ返した。
「ッ…優衣ちゃんっ!」
そこへ、姫子がまるで意を決したかのように優衣の名前を呼んだ。ぷるぷると震える姫子に草薙や八田が止めようとするが、姫子はか弱そうな笑顔を向けた。
「だいじょうぶだよぉ…、だって姫子、優衣ちゃんと仲良くなりたいもん!」
「姫子…無理すんなや?」
「うんっ!ありがとぉ、出雲!」
そんな草薙を、周防は訝しげに見つめていた。草薙の女の好みくらい、長年の付き合いで分かる。姫子はその真逆だ。
…だって、いつも此方がムカつくくらいには優衣の事を溺愛していたのだから。
「あのねっ、あのねっ、姫子…優衣ちゃんと仲直りしたいのぉ!姫子に悪いところがあるなら直すからぁ!殴られたって泣かない!だから、っ…もう、仲直りしよぉ…?」
ぽろぽろと涙を落とす姫子に、アンナが嫌そうにその顔を優衣の腹へ沈める。そんなアンナの様子を周防は遠目に眺めた。
「…ごめんね」
ぽつり、と小さな声がバーに響く。下に向けていた顔を上げて、真っ直ぐにロイヤルブルーの瞳を姫子へ向けた。
その目はもう、怯えていなかった。
「私は、謝らない」
「…茅野、ええ加減にせえや」
草薙の冷たい声が飛ぶ。優衣はゆるりと草薙に視線を向け、す、と目を閉じた。
「お、いらっしゃい、優衣」
「ちょお待て、…ん、暖かくして行きや。外は寒いねんから」
「無理して記憶戻そうなんて思いなや。…ここはもう、優衣の居場所やろ?」どこで、間違えたのだろうか。
何度も何度も問いかけた質問に、答えてくれた人は誰もいない。
「…もう、行くね」
アンナの体を離し、椅子から立ち上がって出入り口へ向かう。吠舞羅のみんなの睨むような視線を、その小さな体で一身に受け止めながら。
だが、出入り口まで行くと、足を止めてくるりと振り返った。
「けど、行く前に一つ…」
今や、優衣の目にはたった一人しか映っていない。
姫百合姫子、ただ一人。
「記憶が戻って、更に今まで入ってこなかった新しい情報が入ってきた」
突然だった。
いつもより酷い頭痛がして、膨大な量の情報が一気に舞い込んできた。それは、失っていた記憶にプラスして、本来なら
この世界に居るはずのない人物の詳細まで。きっと自分の王としての何かが働いたんだろう。
姫百合姫子が、自分にとって――みんなにとっての、危険人物だと。
「…姫百合姫子、貴女は…何者なの?」
貴女の計画は、ここで終わる。
崩壊の準備は、もう出来てるよ。