「多々良が無事で良かったぁ!」
「ほんまやで。見つけた時はどないなるかと思ったわ」
「あはは、心配かけてごめんね」
姫子と草薙の言葉に、十束は苦笑いで応えた。草薙と一緒に十束を見つけた八田は、数日経った今でもおいおいと泣いている。そんな八田を宥めるのは、いつだって鎌本の役目だ。
そんな光景を、アンナはいつものソファーに座りながら眺めていた。けれど、それも数秒だけ。すぐに目線はテーブルの上にある赤いビー玉へと移された。
「にしても、誰が十束を助けてくれたんやろなぁ。ビデオにも映っとらんかったし」
「わかんないけどぉ、会いたいよねぇ!だって多々良を助けてくれた人だよぉ?絶対いい人に決まってるよぉ!」
「せやなぁ。けど十束も覚えとらんしなぁ…手がかりは一個もない…。取り敢えずは犯人捕まえる方が先やな」
「うんっ!尊にも会いたいしぃ!」
頬を赤らめてそう口にした姫子に同調するかのように、八田も俺も俺も!と手を挙げた。
「…タタラ、」
「アンナ……」
唯一、アンナにだけは嘘などつける筈もなく、十束はどこか疲れた笑顔をアンナに向けた。アンナもその理由が分かっているからこそ、そっと十束と手に自分の手を重ねた。
「あー!もう、アンナちゃん!アンナちゃんばっかり多々良の手握るのはずるいよぉ!あたしも握っちゃおっと!」
「や、あ…」
気づかれない程度にアンナの手を払いのけ、姫子は十束の手を握った。十束は自分の口がヒクつくのを感じたが、払いのける事はせず、ただジッと耐えた。
チラリと横目でアンナを見たが、その表情に十束の胸はじくりと痛む。アンナの、そんな傷ついた表情を見るのは、初めてだったから。
「…アン、」
「アンナ、もう二階上がっとき。な?」
十束がアンナを呼ぼうとしたが、それは草薙に遮られた。しかも何時もなら、この女が来る前なら絶対に言わなかった事を。
アンナはそれに抵抗せず、けれどどこか傷ついた顔を見せて二階へ上がった。
パタン、と扉の閉まる音が、やけに大きく聞こえた。
「草薙さん、どうしてアンナにあんな事言ったんですか?」
「そう怒んなや、十束。しゃーないやろ?姫子がアンナに嫌われとるかもしれへんからあんまり会いたないって言うねんから」
「は…?」
まさか、あり得ない。
十束は信じられない、とでも言いたげに草薙を見るが、草薙は特に気にした様子も見せずまた姫子に構い出した。姫子もまた、それを当たり前のように甘受している。
異常だと、思った。もう、手遅れだと。
ここは、前の吠舞羅とは全く違う。十束は静かにそう感じた。
此処から出て行ってしまった、俺を助けてくれたあの子は、今、何処で何をしているのだろう。
不意に、とても会いたくなった。
「……多々良さん?」
何処からか十束の声が聞こえたような気がした優衣は、足を止めて振り返る。しかし、ここはあのバーでもなければ、鎮目町ですらない。完全な空耳だ。
だけど、
「…何か、あった……?」
もう自分には関係のないことだとしても、やっぱり気になってしまう。
きっと十束やアンナがあの場に居続ければ、嫌でも感じてしまうだろうから。
あまりの、異質さを。
「…とにかく、早く無色の王を見つけないと」
十束を殺そうとした犯人を見つけて、早く殺さないと。
周防が、出てきてしまう。
周防のヴァイスマン偏差を知っている優衣は周防が王殺しなどしないように、自分が王を殺さなければならない、と思っているのである。
「ッ……痛…っ…」
ズキリと頭が痛んだ。何故かはわからない。ズズズ、と壁にもたれて頭を抱えるが、一向に治らない頭痛に嫌気がさしていると、あの十束が殺されかけた日のようにジジジッと脳内に映像が流れた。
それは、日本じゃなかった。
「…ッ………誰…!」
誰、誰、誰?
「…アド、ルフ…、中尉……?」
浮かんできた名前を呟くと、頭痛は治まり、どっとした疲労感が優衣を襲った。こめかみを流れるのは、冷や汗。
「アドルフ…、中尉……?」
知らない、そんな名前。
なのにどうして、こんなに愛おしいの。
優衣は自分の体を抱きしめて、暫くの間その場でうずくまっていた。