当てもなくふらふらと歩き続けて、もう何日が経ったのだろうか。気さくないい人たちばかりの町や、治安が悪く不良ばかりの町。
そうして渡り歩いて、やっぱり戻ってきてしまうのは、此処――鎮目町だった。
「…無意識って怖いな」
変わっていない町並みを眺め、そっと口ずさむのは彼の曲。多趣味な彼の趣味の一つである歌を初めて聴いた時は、胸がじわりと温まったのを覚えている。
そうしてぶらぶらしていると、もう空は夕焼けを通り越して夜になっていた。
「夜はまた一段と冷えるなあ…」
ぶるりと震える体を両手で摩る。そろそろ町を出ようかと歩を進めた瞬間、ジジジッと脳内に何かが流れ込んできた。
まるで映画の一コマのようなそれは、一体どれくらいの時間が過ぎたのか。気づけば優衣は路地裏で尻をつきながら必死に呼吸を整えていた。
「ハァっ、…ッは、……クソッ…!」
優衣は一心不乱に走り、あるビルの屋上へ向かった。そして、ドアを開けた瞬間、
――パァン!
銃声が、その場を支配した。
頭が真っ白になる中、犯人――無色の王が逃げていく。その場に残されたのは、優衣と…十束だった。
「た、多々良さん、多々良さん!」
久しぶりに呼んだ名前に、声が勝手に震える。けれどこの人は、自分を信じてくれていた数少ない理解者。
怯える必要は、ない。
「多々良さん、お願い、やだ!」
「……優衣…?」
「!!多々良さ、ッ多々良さん!」
「…ごめんな、結局優衣が出て行く羽目になって……」
「そんなの、多々良さんのせいじゃないです!」
血が止まらない。傷口を抑える手のひらはもう血まみれだ。
どうしよう、どうしよう、どうしよう。
優衣は泣きそうな顔で十束を見る。そんな優衣の顔に、十束は虚ろな目でふにゃりと笑った。
「…早く、逃げな。もうすぐ、八田とかが来ちゃう、かも…」
「こんな状態の多々良さんを置いて逃げる訳ないじゃないですか!いい加減にしてください!」
怒鳴り声を上げて、優衣は傷口へ目を向けた。ドクドクと流れる血は、どうやったら止まるのか。
「……止まって、止まって、」
ブツブツと呟く優衣。十束はそんな優衣の頬をするりと撫でた。
もう、いい。そんな意味が込められていたのかもしれない。
「止まって…違う、止まるんじゃない…。
――傷よ、消えて……!」
優衣を中心に、サンクトゥムが現れる。淡い水色のそれは、優しく優衣と十束を包んだ。
やがて、十束の傷口は綺麗に塞がる。流れた血はふわり、ふわり、と珠上になって浮かび上がり、まるで溶け込むように消えた。
「これ、は……」
「あとは輸血をして貰ったら大丈夫です。…それじゃあ、私は行くね」
「待って!優衣、君は自分が何なのか思い出したの…?今のってサンクトゥム…だよね?」
十束の問いに、優衣はふるりと頭を横に振った。残念ながら、自分は思い出した訳ではない。ただ、体が覚えていただけなのだ。
「多々良さんが無事で、良かった!」
心の底からの笑顔に、十束は息を飲んだ。ここ数日は見ていなかった優衣の笑顔。こんな所でまた見れるなんて思わなかった。
「多々良さんも、アンナも、…尊さんも、大好き」
変わらない優衣の笑顔は、やっぱり温かかった。