吐く息が冷たい。流石に冬にコート一枚は無謀だったか。
優衣は冷たい手のひら同士をこすり合わせ、少しでも寒さを和らげようとするがそれは無意味でしかなかった。
「…もう、戻れないんだね」
もう振り返っても見えないあの温かい場所を思い出し、また歩みを進めた。
どうしてこうなってしまったのだろうか。優衣は幾度となく考えたが、答えが出ることなど無く、アンナを置いて出て行ってしまった。罪悪感はある。だが、アンナを連れて行く訳にはいかなかったのだ。
「アンナの側には、尊さんが居ないとね」
あの焔のような人を思い出し、笑う。不謹慎だけれど、自分が出て行く今日この日にあの人が居なくてよかった、と。
始まりは――そう、一人の少女だった。少女と呼ぶには些か無理があるか、20歳前の女、と言った方が相応しいのかもしれない。
その女が来て、優衣を取り巻く全てが変わった。
仲間も、居場所も、全て――。
「……なーんて、今更言ったって遅いよね」
あの子のように泣いていたら、今頃私はまだあのバーに居れたのだろうか。
あの子のようにみんなに縋っていたら、今頃私はこんな寒空の下に居る事はなかったのだろうか。
「…わかんないや」
自嘲気味な笑みを零し、優衣は吠舞羅の本拠地であった鎮目町から姿を消した。
――まるで、泡のように。
「……ミコト、」
アンナは、ベッドの上で誰にも気づかれる事なくポソリと赤の王の名前を呼んだ。それでも、今この場にその人物は居らず、故に応えてくれる人もいないのだ。
「…ミコト、……ユイを、ユイを助けて……!」
有りもしない罪を着せられ、此処から去ってしまった優衣を頭に浮かべ、アンナは悲痛な声を夜空に漂わせる。どうか、自分の願いがあの暖かく綺麗な赤に届きますように、と。
「アンナ、ほら」
「…手?」
「アンナが転んだら危ないでしょ?だから繋ご?」
「……うんっ」
「反対側は尊さんのお手手握って!」
「…おい」
「いいじゃないですか!アンナが転んでもいいんですかー?」
「ハァ…ほらよ」
「!」
「ふふふー、良かったね、アンナ!」
「…うん」貴方が居ないと、ミコトが悲しむ
アンナはぎゅうっとベッドのシーツを握りしめ、また「ミコト」と呟いた。
もうすぐ、朝が来てしまう。また、あの女の声を聞かなければならない。みんなを惑わす、魅惑の声を。
ミコト、ミコト、ミコト。
「ユイ」
「ん?どうしたの?」
「…ユイが言えない事は、私が代わりに言う」
「っ!……ありがと、アンナ」
「んーん」「――ユイを助けて、ミコト」