K | ナノ

薄ぼんやりとした光を追い求めるように、優衣は瞳を開けた。



「っあ、優衣!目ぇ覚めたか!」

「ユイ…、よかった…」



草薙とアンナが優衣の顔を覗き込む。優衣は眩しい光を一気に取り込んだせいで目を細めてしまっている。しかし、だんだんと目も慣れてきてやっと視界に二人を映した。



「大丈夫か!? どっか痛いところとかないか?」

「…あ、」

「ッ優衣!良かった…優衣の目が覚めなかったら、俺、ッ良かった…!」



十束が瞳に涙を浮かべながら、優衣の手をギュッと握る。その手は微かに震えていた。

そんな十束の肩にポン、と手を置いたのは赤の王――周防 尊だ。



「キング…」

「…優衣」



周防はいつもとように眉間に皺を寄せながら、優衣の頭へ手を伸ばした。そして優衣の頭に触れると、壊れ物を扱うように撫でた。



「…悪かったな……それと、サンキュ」



周防にしては珍しいお礼の言葉。だが、その言葉通り、周防にとって優衣は自身の命の恩人なのだ。

むしろ言い足りないくらいだと、周防は思っている。



「うわあ、キングがお礼言うなんて珍しいね。ね、優衣」

「………」

「……優衣?」



十束の呼びかけに応えない優衣。そこでみんなは漸く優衣の様子が可笑しい事に気付いた。

固まった十束に代わり、今度は草薙が声を掛けようとしたが、それよりもさきに優衣が口を開いた。



「………だれ、ですか…?」



衝撃だった。

誰もが皆、呼吸を忘れたように、部屋には一切の音が無くなった。



「何、言ってんだよ」

「……八田ちゃん?」

「ふざけんのもいい加減にしろよ!」

「ッ、すみませ、…!」

「なんで、ッやっと元に、…!」

「そ、そうっスよ!優衣さん!今なら笑って終わりますよ!ね、八田さん!」

「ッあぁ!だからもう、」
「八田、待って」



八田の暴走を止めたのは、十束。十束には今の優衣の状態に思い当たる節があるらしく、その瞳も真剣だ。

思い当たる節があるのは十束だけではない。草薙と周防にもあった。



「…もう夜も遅い。俺らは帰るわな、優衣。隣の部屋にアンナがおるから、また暇があったら覗いてやったって」

「は、はい…」

「ほな、…おやすみ」



草薙に連れられてぞろぞろと部屋から出て行く吠舞羅のメンバー。最後に周防が出て行ったが、去り際に少し顔を振り向かせて綺麗に笑ったのは、優衣しか知らないことだ。






「十束さ…、ッ草薙さん!尊さんも…なんか知ってるんすか!?」

「…八田ちゃんらは知らんで当たり前や。あれは…何年前やったっけなぁ…」

「三年くらい前じゃなかった?」

「あぁ、せやったせやった。ほんであの日も…今みたいに雪が降っとったわ…」



そう、優衣と周防達が出逢ったのは三年前の雪が降る日。その日、力を使って記憶を無くした優衣は、草薙がバーテンダーをしているBar「HOMRA」へ転がり込んで来たのだ。


――それが、すべての始まりだった。



「あん時、何で優衣の記憶が無かったんか…今やっと分かったわ…。泡沫の王の力を使ったからやねんな…」

「代償…、それも大きすぎる程の、ね」

「…それが分かっていてやるたァ…、本物の馬鹿だな、アイツは…」

「とか言うて、尊は一番優衣の事…気に入っとるくせに」

「…るせェ」



クスクスと笑いが起きる。周防はぐしゃぐしゃと髪を掻き、一階へと降りていった。それに続いて行く者達は皆、笑顔だった。













みんなの声が遠ざかり、部屋には静けさが戻った。優衣はベッドの上で座りながら、拳をきゅっと握りしめた。



「……ふ、ッ……」



膝を抱え、小さく縮こまる。その体が震えているのは一目瞭然だ。

何故、泣いているのか――

全てを忘れている優衣が、泣く意味などある筈ないのに。



「ッ……ごめん、なさい…ごめ、なさ…ッ…!」



ぽたぽたとシーツに雫が落ちていく。無数のシミは次々と増えていき、やがて大きなシミへとなる。


――優衣が泣いているのには、大きな理由があった。



「ック……ミサく、ッごめ…ごめん…!」



そう、彼女…優衣は、

全て、覚えていたのだ



「多々良さん…出雲さん………尊、さん…」



涙は止まることなく流れ続ける。



「ふざけんのもいい加減にしろよ!」

「優衣さん!今なら笑って終わりますよ」



「ひ、ッう…ミサくん、…力夫…ッ…!」









何故、優衣が記憶を無くさなかったのか


――夢宮 真白


泡沫の王唯一のクランズマンが使った、たった一度きりの異能の力のせいだった



「…んとに、ばか……本物の馬鹿だよ…!真白は…!」



泡沫のクランズマンは、一度。たった一度能力を使ったら、もうその身体も魂も別世界へと飛ばされてしまう。だからこそ、優衣はクランズマンを取ることを嫌がった。

そんな中でただ一人、夢宮真白だけが泡沫のクランズマンと名乗ることを許された。
否、許されたのではない。夢宮真白の強引な説得(と言う名の脅し)により、許可せざるを得なかったのだ。



「どこまでも…馬鹿なんだから……っ!」



一度

たった一度の能力を、夢宮真白は一体何に使ったのか



――ここで、一つ言っておこう



夢宮真白という男は、喧嘩っ早く、口が悪く、小さい子供は大嫌い。そして、



どこまでも、茅野優衣という女を、愛していたのだ。







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