少しの日常


ボールを投げてから数日。
沢村と友達になった紗凪は、今も沢村と紗凪の教室で話していた。


「じゃあ地元は長野なんだ?」
「おう! 俺はエースになる為にこの学校に来たんだ!」
「へぇ…なら、何が何でもエースにならなきゃね」


クスクス笑っていると、ちょうどチャイムが鳴った。それに沢村は急いで自分の教室へ帰っていく。
エース、と言えば紗凪の中では言わずもがなあのガン黒男なのだが、きっと高校に入学した今でもまともに部活へは行ってないだろうと予測する。


「さっちゃんに感謝してんのかな…あの馬鹿」


片想いの人との高校ライフを諦めてまで幼馴染みと同じ高校へ行ったピンクの女の子を思い出し、誰にも聞こえないように小さく溜息を吐いた。
すると、友人がきゃあきゃあと先生に気づかれない程度に騒いでいた。紗凪は頭にハテナを浮かべながら尋ねる。


「どしたの?」
「紗凪! ねぇ見て見て、御幸先輩! かっこいいよねぇ〜」
「……この人、野球部の…」
「そう! 正捕手なんだって! いいなあ、こんな人と付き合えたらなぁ」
「アンタじゃ無理でしょ!」
「うるさい! 紗凪はどう? こういうのタイプじゃない?」
「いや、普通にかっこいいと思うよ?」
「だよね〜!」


紗凪の返事に満足した友人は、ほくほく顔で雑誌を机の中にしまった。それが話の終わりの合図。また、静かな教室に戻った。
そういえば、と紗凪は鞄の中に入れっぱなしだった雑誌――月バスを取り出す。そこにはキセキの世代がピックアップされていた。


「(やっぱり涼太はバスケしてる時が一番かっこいいな…。モデルの時はなんか変にかっこつけてるからなあ…)」


ぱら、ぱら、とページをめくる。すると一番最後のページに紗凪が載っていた。此方も試合中の写真が使われており、常人にはないオーラが写真越しからでも感じる。
そんな自分の試合をしていた姿を見つめ、紗凪は切なげに瞼を伏せた。


「(…てっちゃん……)」


思い返すのは、黒子との最後の会話。
紗凪は悲しそうな黒子の表情をかき消すように雑誌を閉じた。

放課後、部活に所属している者達は慌ただしく歩く。その中には勿論沢村もいた。


「沢村くん、部活頑張ってね」
「サンキュー! 白崎は帰んのか?」
「うん」
「ならさ!明日学校来てくれねぇか!? 投げるアドバイスして欲しいんだよ!」
「わ、私が?」
「おう! この前の俺スッゲー痺れたんだよ! な、頼む!」


パンっ!と両手を合わせて頭を下げてくる沢村に、紗凪は笑顔で頷いた。ここまで頑張っている人を見たのは久々だからだ。


「わかった。じゃあ明日お邪魔するね」
「おおお! サンキュー! んじゃ!」


自分のお願いが叶ったからか、先程よりも上機嫌に走り去っていく沢村の後ろ姿を眺め、紗凪は帰路に着いた。
その明日が、紗凪にとって高校生活を左右する日となど、今は微塵も知らずに。






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