とある合宿にて


セミの鳴き声がグラウンドに響く。ジリジリと焼け焦げるような太陽の日差しは、容赦なく選手やマネージャー達の体力を奪っていく。


「あぢ〜〜〜!!」
「確かに、今日はいつもより暑いね…」
「春っちって汗かいてんの?」
「当たり前にかいてるけど…栄純君だって汗凄いじゃん」
「だーよーなー…あ゛〜〜!…あぢぃ……」


唸る沢村とそれに付き合う春市。そんな会話も片岡の号令で終わりを迎えた。
暑さで足がダル思いが、片岡からの集合に駆け足で向かわない訳がない。二人はすぐに走って集まった。


「急だが、明日から合宿を行うことになった。明日の朝にグラウンドに集合するように」
「その合宿とはいつもしているように、この学校でするんですか?」
「いや、場所を用意してある。ずっと学校だけでは集中力も持たないだろう」


今日はこれで終わりだ、と告げた片岡に選手達は大いに喜んだ。それほどに今日の暑さは異常だったのだ。

選手達が寮に帰っていくのを横目に、紗凪達マネージャーは後片付けをする。うだるような暑さだが、誰一人文句を言う者はいなかった。


「よし、これで終わりね!」
「それにしても合宿かー…。準備って何すればいいんですかね?貴子先輩」
「そうね…着替えは勿論だけど、その他にもいろいろ買い揃えないといけないから、今からスポーツ店とかドラッグストアとかに行きましょうか」
「はーい!ね、紗凪は中学の時とかって合宿とかあったの?」
「ありましたよ!遠くの合宿所まで行ってました。唯先輩達が一年生の時はこうした合宿はなかったんですか?」
「前みたいな“学校で”ってのはあったけどねー」


そんな話をしながら必要な物を買い揃え、各自合宿の準備をする為に早めに帰宅したのだった。
家に帰った紗凪は中学で使っていた大きめのエナメルバッグに早速ひょいひょいと荷物を詰めていく。合宿は何度も経験があるから、そこまで準備に時間はかからなかった。


「お、涼太からLINEきてる」


スマホのロックを解除して黄瀬のLINEを開く。長々と打たれた文字に顔が歪んだが、一つため息を吐いてやがてゆっくりと読み始めた。
内容は一言で言えばくだらなく、そして少しだけ興味の惹かれるものだった。


「涼太も合宿あるんだ…しかもキセキの獲得校が集まるって……。有意義な練習が出来そうだねえ」


「(カオスな事になりそうだけど)」と思いながら返事を打ち、また準備を再開させる。終わった後は晩ご飯の支度をして、父――はるかが帰ってくるのを待った。


「ただいまー」
「おかえり、パパ。ご飯出来てるから、着替えたらリビングねー」
「りょーかい」


悠はネクタイを緩めながら紗凪の頭を軽く撫で、自室へと入っていく。その後ろ姿を見送ってから、紗凪は皿に料理を盛り付ける。この盛り付け作業が好きな紗凪は自分好みに凝り、満足してからテーブルに並べていくのだ。


「お、うまそうだな」
「へへ、ありがと」


悠がやって来て椅子に座る。「いただきます」ときちんと言ってから食べるのが、白崎家のルールなのだ。
暫くご飯を食べ進め、不意に紗凪が箸を置いて口を開いた。


「パパ、」
「ん?」
「急なんだけど、私明日から部活の合宿があってね?ちょっとの間帰ってこれないから、家のことよろしくね」
「マジで急だな。また前みたいに学校で合宿するのか?」
「んーん。今回は合宿所まで行くみたい」
「そっか…気をつけてな」
「うん!」


そんな報告をして、明日も早いということで紗凪は早々に眠りについた。ヴー、ヴー、と鳴る携帯のバイブ音に若干苛ついたが、黄瀬からの返信だと分かるやいなや既読すらせずにスルーしたのだった。







翌朝、グラウンドに集まった野球部員はバスに乗り込み点呼を取って合宿所に向かって出発した。
沢村や降谷はワクワクした様子で窓の外を眺めている。紗凪も中学一年の時の初めての合宿の時はあんな風にワクワクしたなあとどこか懐かしむように二人を見て微笑んだ。

合宿所に着くと、自分の荷物を持ってまずは宿泊施設へと挨拶に伺う。片岡の張り上げた声に負けないくらい、選手達は大声で女将さんに挨拶をした。


「荷物を置いたら選手は全員集合!マネージャーは副部長に従うように」
「「「はい!」」」


駆け足で去っていく選手達を見送った後、紗凪達は高島の指示で荷物をそれぞれの部屋へと運ぶ。大部屋を三つ借りたらしく、それぞれの部屋に名前が書かれた紙が貼られているから、それを見て荷物を入れていくらしい。
何十個もある鞄を運んでいくと、流石に息も切れてくる。「ふー…」と一息吐いて春乃と一緒にまたロビーに戻ったが、新たな団体がこの宿泊施設へとやって来たようで、少し騒ついていた。


「どっかの学校の合宿かな?」
「どうして分かるの?」
「だってほら。みんな高校のジャージ着てる」
「わ、ほんとだ!」


「紗凪ちゃん名探偵みたい!」とどこかズレた発言をする春乃に、笑いながらほんの少し照れた様子でまた荷物を持つ紗凪。春乃もそれに倣って荷物を持ち上げたが、突然響いた声に驚いて落っことした。


「あー!紗凪っち!!」


まさか自分の名前を呼ばれるとは思ってもみなかった紗凪は肩をビクつかせ、恐る恐るといったように後ろを振り向いた。


「り、涼太……」
「もー!紗凪っちってば何で昨日LINE返してくんなかったんスか!俺ずっと待ってたのに!」
「あーもー!ごめんってば!昨日は眠たかったの!」
「しかも紗凪っちも同じとこで合宿って…聞いてないっスよ!?」


いっぱい言いたいことがある黄瀬はキャンキャンと、まるで犬のように吠える。それをあしらう紗凪はどうにかここから逃げ出せないかと思考を巡らせる。
どうやらやって来た団体校とは、黄瀬の通う“海常高校”だったらしく、まだ他の学校は見当たらない。それなら今の内に逃げた方が得策だと考えた紗凪は、黄瀬と顔を合わせた。


「涼太、私今何してる?」
「何って……荷物持ってる?」
「そう。私ね、仕事中なの。涼太は邪魔なんてしないよね?」


にっこりと微笑んで言ってやると、涼太は紗凪の言いたいことが分かったのか渋々といった様子で離れてくれた。


「じゃあね、涼太。合宿頑張って。海常の皆さんも頑張ってください」


そんな平々凡々な言葉を掛けた紗凪は「行こ、春乃ちゃん」と立ち尽くしていた春乃と一緒にまた荷物を大部屋へと持って行くべく歩き出した。


「……おい黄瀬。覚悟は出来てんだろうなぁ?」
「?笠松先輩なにを……って痛い痛い!暴力反対っス!」
「知り合いだか何だか知らねぇが、人様の邪魔してんじゃねーよ!!」
「痛いっスー!」


笠松の容赦のない蹴りにわんわんと泣く黄瀬。そんな二人を温かい目で見守る海常勢。
そんな中、他の団体校がやって来た。


「やー、早いなあ海常は。間に合うてるやんな?」
「桐皇か。間に合ってるぞ」
「めんどくせェ……」
「もー、青峰くん!ちゃんと目開けて!」


二番目にやって来たのは桐皇。キャプテンの今吉は相変わらず食えない顔で笑いながら時間を確認する。こう見えて時間にはきっちりしている今吉がこういった合宿で遅刻してきた事は一度もない。
桐皇のエース、青峰はバスの中で寝こけていたのか髪はボサボサで目も虚ろ。幼馴染み兼マネージャーの桃井はそんな青峰に叱咤するが、当の本人はどこ吹く風。全く聞く耳を持たない。


「青峰っちも変わんないっスねぇ」
「あ?そういうテメェこそアホ面変わってねぇな」
「ヒドッ!?」


暫くすると着々と集まってきた。最後に来たのはこの合宿を提案、主催した洛山だった。肩に長袖のジャージをかけた赤司は、集まった面々を見てそっと笑みを浮かべる。


「突然の提案に乗ってくれた事、感謝しているよ。まずは――」


赤司が今回の合宿の趣旨、そして主な内容を伝える最中、黄瀬は隣の青峰に話しかけていた。


「青峰っち」
「ンだよ、話しかけんな。赤司に怒られるだろーが」
「えー?じゃあ聞かなくていいんスか?青峰っち絶対びっくりすると思うんスけど」
「俺がびっくりするとかねーわ」
「ほんとっスか?紗凪っちがここに来てるって言っても?」
…………ハァァ!?


全くもって想像していなかった黄瀬の言葉に、青峰は声を抑えるどころか大声で驚く。そのせいで赤司の説明はストップし、尚且つ彼の怒りが青峰へと向く。


「……大輝、僕の話を聞いていたか」
「あ……いや、俺のせいじゃねーよ!元はと言えばコイツが!」
「青峰っちが勝手に驚いたんじゃないっスか!」
「そりゃー紗凪がここに来てるとか言われたら驚くに決まってんだろ!!」


大声のままとんでもないことを言った青峰。その台詞にキセキはぴくりと反応を示した。


「……紗凪ちんが、」
「ここに来ている、だと…?」
「それ…本当ですか?青峰くん」
「あ?あ、……いや、だから黄瀬がそう言ってきたんだよ」
「涼太、本当かい?」
「ほ、ほんとっス!桐皇が来るちょっと前までここに!ね、先輩!」
「あ?あの女子のことか?」


慌てた様子で確認をとった黄瀬。赤司たちは改めて紗凪が来ているという事に驚いて目を見開いたが、やがてその空気も治まった。


「そうか、それならまた会えるな」


赤司、紫原、緑間の三人は中学を卒業して以来一度も会えていない。だからこそ他の誰よりも紗凪に会いたい欲求は強かったが、ここは合宿所。広い施設だが、この合宿中に一度も会わないなんて事は有り得ないと、今は合宿に専念する事に。


「それじゃあ、各自タイムテーブルをよく見て行動するように。解散」


さてさて、紗凪がキセキの世代と再会するのはいつになるやら。
グラウンドで梅本と一緒にスコアを書いている紗凪はくしゃみを一つすると、目の前の選手達に集中した。






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