信頼


土曜日――青道グラウンド


過酷な合宿も、残すところこの練習試合で最後だ。今回の相手は大阪桐生高校。なかなかの強豪として知られている。



「ここ、ですか?」

「そうっスよ!間違いないっス。俺前に来たことあるから!」

「……前に、来たことがある?」

「あ、え、いや、その、」

「その話、もう少し詳しく聞かせてもらってもいいですか?」

「ちょ、ま、」

「その辺にしとけ!もう始まるぞ!」



その頃、青道の正門には三人の男が立っていた。三人は足並み揃えてグラウンドに行くと、ちょうど降谷が打たれまくっているところだった。



「おいおい、ずいぶんと打たれてるじゃねーか」

「あれ、あのピッチャー…確か前に来たときに会ったっスよ。話はしてないっスけど……」

「……どうしたんでしょうね。彼は紗凪さんがマネージャーをしているチームですよね?」

「そのはずっスけど……てか肝心の紗凪っちは!?」



なかなか見つからない紗凪の姿にとうとう痺れを切らしたのか、黄色頭の黄瀬はキョロキョロと辺りを見渡す。

すると、黒子がフェンスの外にいた貴子達を見つけた。



「あの人達が知っているかもしれませんよ」

「えー、あ、ほんとっスね。青道のジャージ着てる」

「じゃあとっとと聞きにいこうぜ」



誰よりも素早く動いたのは火神だった。ここでまさか出し抜かれるとは思わなかったのか、黒子と黄瀬は一瞬呆気に取られたものの、すぐに顔を顰めて追いかけた。



「え、紗凪?あの子だったら今は買い物に行ってますよ?」

「買い物ォ!? ちょ、探しに行こう!黒子っち!」

「落ち着いてください、黄瀬くん。入れ違いになってしまいますよ」

「う……」

「多分…もう少ししたら帰ってくると思いますよ」



多分、と付けたのは、紗凪と一緒に春乃も行っているからだ。なにせ春乃はおっちょこちょい。紗凪がそのおっちょこちょいに巻き込まれる可能性大だ。



「わかりました、ありがとうございます」



最後に黒子が礼をして、三人は元の場所に戻る。その際に黄瀬は三人から握手を求められ、仕事用の笑顔で応えたのだが黒子と火神は構うことなく先に戻った。


――そうして迎えた4回裏。



「すいません!遅くなりました!」

「すいませ〜〜ん!」



戻ってきた紗凪と春乃は、真っ先に先輩マネージャーの所へ行く。遅くなったのは予想通りとでも言うべきか、春乃の買い忘れだったのだが、貴子達はそんな春乃と紗凪に構うことなくグラウンドを眺めてる。

そこでやっと様子がおかしいことに気づいた二人は、目線をグラウンドへ。



「……うそ…」



今日、降谷が登板することは知っていた。知っていたが、まさか、



「4回で11失点……!?」



信じられないとでも言いたげな声色で呟いた紗凪は、思わずガシャン!とフェンスに手を掛けた。そこでやっと貴子達は二人が帰ってきた事に気づく。



「お帰りなさい、春乃、紗凪。ありがとう」

「貴子先輩…これは、いったい……」

「……合宿の疲れが出てるのかしら…。あ、そうそう、紗凪の知り合いが来てたわよ?」

「知り合い?」



また青峰とかいう落ちじゃないよね…?と辺りを見渡すと、そこには派手な頭が三つ並んでいた。



「…どこから知ったよ……」



今日が練習試合だなんて一言も言った覚えはない。なぜ知っていると聞きたいが、知りたくないという思いもある。

仕方がない、と息を吐いて貴子達に頭を下げ、紗凪は三人の元へ向かう。そんな紗凪の口元は、本人も知らぬうちに緩んでいた。



「なーに見てんの、涼太、てっちゃん、火神」



呼ばれた三人はグラウンドから目を外し、紗凪を見た。途端に黄瀬はパァァ!と目を輝かせて紗凪に抱きつく。



「紗凪っち〜!どこ行ってたんスかぁ!俺寂しかったっスよ!」

「ごめんごめん、まさか来るとは思わなくて」



抱きついてくる黄瀬から尻尾やら耳やらが見えるのは幻覚だろうか。まるで犬だ。
そんな黄瀬の温もりが消えたと思ったら、黒子が紗凪を黄瀬から守るように両腕を広げて立つ。



「黄瀬君は離れてください」

「そりゃないっスよ、黒子っち〜!!」



ぎゃんぎゃん騒ぐ黄瀬を他所に、紗凪は火神に目を向けた。



「火神も久しぶり!どう?調子は」

「絶好調だぜ!」

「ほんとー?」

「ああ!」



眩い笑顔を浮かべた火神に、紗凪は柔らかい笑みを浮かべた。どこまでも青峰に似ている火神。だが、彼は根本的なところが青峰と違う。

きっと、青峰みたいにはならないだろう。

そんな直感めいたものを思った紗凪は目の前に立つ自分より少し背の高い黒子の頭を撫でた。



「……紗凪さん?」

「あー!ずるいっスよ、黒子っちばっかりー!」

「ふふふー、今日はてっちゃんだーけ!」



暫く猫っ毛の黒子の頭を堪能した後、紗凪はグラウンドを見やる。すると、そこには大笑いする御幸と目をつりあげる降谷の姿が。



「…答えが出たってところかな」



ぼそりと呟いたそれを目ざとくすくい上げたのは黄瀬だった。



「答え?」

「うん。……今まで、味わったことのなかったものを今、降谷くんは味わってる」

「それは……」



黒子が紗凪を見る。その眼差しにこくりと頷きながら、紗凪は羨ましそうな瞳で真っ直ぐに降谷を見つめた。



「――信頼だよ」



そのあと、降谷は見事アウトで収めてみせたのだった。








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