とある合宿にて2


合宿一日目が無事に終わり、今は食堂に集まっていた。マネージャーが料理したご飯をかきこんでいく選手達は、美味い飯が食べれた事に感激して涙を流している。


「うめ〜〜!」
「そう言って貰えて良かった。まだまだあるからおかわり欲しかったら言ってねー」
「おかわりー!」
「俺も!おかわりー!」
「ったくもー、ほんと良く食べるわね…。紗凪、私がお茶碗回していくわね」
「あ、ありがとうございます!」


貴子との共同作業でおかわりを注ぎ、それを終えたら漸くマネージャー達も落ち着いてご飯を食べれて、大変ご満悦だ。談笑しながら食すマネージャーの姿に選手達の目はもうくぎ付けである。
そんな和やかな雰囲気をぶち壊したのは、食堂の扉を乱暴に開けた音だった。


「誰だ?」


キャプテンである結城が尋ねると、その人物は床に這い蹲りながら消えそうな声でぼそぼそと口を開く。


「たすけてくれ………」


一瞬きょとんとした野球部員達。だが、紗凪だけは違った。
その一言で顔を真っ青にさせた紗凪は未だ床に這い蹲る男――日向に慌てて駆け寄り、どうが自分の予想と外れますように、と願いながら声をかける。


「あの、その体調不良は……晩ご飯で、とかじゃないですよね…?」


ピンポイントで当ててきた紗凪に、日向はずれた眼鏡を直しながらコクリと頷き、肯定した。「(ああ、今すぐ何とかしなければ…)」と、遠い目をした紗凪は結城の元へ走る。


「キャプテン!」
「何だったんだ?」
「あの人達もここに合宿に来ているらしくて――……」


事のあらましを説明し、「ここに連れてきてもいいですか?」と尋ねると快く頷いた結城。その迷いのない返事にホッとした紗凪は礼を言った後、また日向の元へと戻る。


「あの、バスケ部の皆さんを呼んできてもらっていいですか?今からちょっと作り足しするので…」
「ほ、本当ですか!?」
「はい。これ以上被害を出さない為にも、お願いします」
「ありがとうございます!」


青い顔で礼を言った日向は急いで戻り、食堂に行くように伝える。それを聞いたバスケ部員達はそれはもう両手を上げて喜んだ。

それから数分後。作り足し出来た紗凪はどんどんテーブルにご飯を置いていく。貴子達にも手伝ってもらったお陰でそんなに時間もかからずに出来たため、紗凪は「ほう…」と肩の力を抜いた。


「ありがとう、紗凪」
「あ、いえ……せ、征十郎……」
「久しぶりだね、元気だったかい?」
「(い、痛い痛いっ…!) は、はい…。元気でした…征十郎さんもお変わりないようで良かったです…」


目を細めて優雅に微笑む赤司だが、紗凪の手首を掴んでいる手の力は尋常じゃないほど強い。そのせいで恐怖はいつもの倍もある。
そんなやり取りの中、後ろからのしっと体重をかけてきたのは紫原だ。さらりと紗凪の額にかかる紫色の髪に、紗凪は目だけを上にあげた。


「敦もひさしぶり」
「んー、久しぶり〜」
「あの、敦、重い……征十郎もいい加減離してよ!痛い!」
「僕に何の断りもなく青道なんて高校に入学したんだ。これは相応の罰だろう?」
「ご、ごめんなさい!謝るから許してください……」
「赤ちん、それ以上やったら骨砕けるよ」
「ああ、僕としたことが……」


やっと解放された手首をさすりながら、目尻に涙を浮かべる紗凪は紫原を馬鹿力で退けて御幸の側へ。今までのやり取りを見ていた御幸はいきなり紗凪がこちらへ来たことに驚いたが、やがてニヒルな笑みで迎え入れた。


「はーいはい、痛かったねぇ紗凪ちゃんー?」
「痛かったです……手加減してくれなかった……」
「ヒャハハッ!あいつらお前の前の部活仲間か?」
「そうです。…何にも言わずに青道に進学したので、怒ってらっしゃるみたいで……」


そんな話をしていると、バスケ部員達がみんな席へと着いた。みんなやっとありつけたご飯を目にして感動している。


「飯だ……やっと……」
「うめぇ、です」
「火神!? 食うの早ぇよ!!」


既に食べている火神に日向がツッコむが、もう頬袋をぱんぱんにした火神には聞こえていない。そんな火神を見れば、もう我慢なんて出来なくて。気づいたらみんなバクバクとご飯を食べていた。


「紗凪ちゃーん!」
「桃ちゃん!」


ぶんぶんと手を振るのは桐皇のマネージャー、桃井さつき。満面の笑みを浮かべたさつきは、思わぬところで紗凪と再会出来たことを喜んでいる。


「まさかこんなとこで会えるなんて思わなかったよー!それに、ご飯とかごめんね?」
「いいよ。適材適所って中学の頃から言ってるでしょ?」
「もう!相変わらず優しいんだから!」


ぎゅうっと抱きつくさつきに、紗凪も笑いながら抱き返す。なんだかんだ言いながら、かつてのチームメイトに会えたことは紗凪にとっても嬉しいことなのだ。


「白崎の知り合いだったのか?」
「もうご飯食べたの?沢村くん」
「おう!で、どうなんだ?」
「桃ちゃん達は仲間だよ。中学のときのね」
「初めまして!沢村栄純くん!」
「え、何で俺の名前知ってるんだ!?」


驚く沢村に、さつきは得意げに胸を張った。それによって揺れるさつきの胸についつい目がいってしまう野球部の面々に紗凪は苦笑する。


「そりゃあ知ってるよ!だって紗凪が進学したところだよ?調べるに決まってるじゃない!」
「しらべる?」
「桃ちゃんは情報収集が得意なの。…にしても、まさか調べてたなんて……」
「ふふふ、全部調べてるよ」


紗凪も知らなかった事にさつきはニンマリと笑う。どうやら隠しきれていた事が嬉しかったらしい。


「それにしても…紗凪っちが野球部って未だに信じられないっス」
「何いきなり。涼太は学校にも来たことあるでしょー」
「そうっスけど……やっぱり海常に来て欲しかったっス…」


しょぼんと落ち込む黄瀬に、紗凪は優しく頭を撫でる。しかし、その手を赤司にやんわりと取られてしまう。


「せ、征……」
「まだ間に合うさ、洛山においで紗凪」
「いや、行きませんけど……」
「ご飯中だ。静かにするのだよ」


スッと現れたのは緑間だ。綺麗な所作でご飯を食べ進める緑間は、その綺麗な瞳に紗凪を映した。


「久しぶりだな、紗凪」
「うん、久しぶり。ご飯美味しい?」
「変わらず美味いのだよ」


普段はツンデレなくせに、こういうのは照れずに素直に言ってくれる緑間に、紗凪は照れながらお礼を言う。


「もー、真太郎ってば嬉しいこと言ってくれるなあ」
「フン」


そんな会話もそこそこに、もう片付けの時間だ。食器洗濯機を使用してもいいとのことで、紗凪は器用にひょいひょいとお皿を入れていく。
すべての片付けが終わり、部員達がお風呂に入った後にマネージャー達もお風呂に入った。


「いいお湯だったねー」
「唯先輩泳いでましたもんね」
「あれは泳ぐでしょ!」


笑いながら歩いていると、大部屋から騒ぎ声が。空いている襖から中を覗くと、なぜかバスケ部達が集まっていた。


「なに、これ……」
「枕投げ?」
「というか、この短時間でよく仲良くなったね……」


男の友情とは、築かれるのが早いものだ。
紗凪達はお互い顔を見合わせて笑った。


「で、紗凪が好きな人はいたの?」
「へ…?い、いやいや!私そもそも好きな人なんていませんし!」
「まったまた〜!あんなイケメンと一緒にいていないわけないでしょ!」
「ちょ、ま、春乃ちゃん助けて!」
「わ、わたし!?」


きゃーきゃーと騒ぐマネージャー陣は、そのまま部屋へと行く。そんな彼女達を見送った男達はよからぬ妄想をして、赤司による制裁が下されたのだった。


「……楽しそうで、良かったよ」


そう言った赤司の眼差しは、とても柔らかいものだった。


「赤司っちー?」
「……さて、涼太?僕に黙って紗凪に会っていた事に対する言い訳は考えたか?」
「え、いや、それは………ぎゃーっ!!たす、たすけて、紗凪っちー!!」


騒がしくも、どこか懐かしい合宿は

こうして終わって行くのだった







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