僕だって怒るんです


無表情な分、怒りは倍増して見える。だらだらと冷や汗を流す紗凪はガタリ、と席から立って素早くバニラシェイクを買ってきた。

黒子に2杯目のシェイクは(赤司に)禁止されているのだが、今日は別だ。これでまずは機嫌を直してもらおうという魂胆である。



「ほ、ほら!てっちゃん!2杯目飲みたいでしょ!? せせせ、征十郎には内緒にしておくから、ほら、飲んで飲んで!」

「………」



ムッスーとした顔のまま、黒子は口元に押し当てられたストローをぱくりと加え、ズーッとシェイクを飲み始めた。だんだんとじとりとした目が消えていき、紗凪はひとまずホッと息を吐く。



「……て、てっちゃん…?」



そろ〜っと黒子の顔色を覗こうと恐る恐る名前を呼ぶと、黒子はストローから口を離して頬をぷくーっと膨らませる。

うぐ、これは相当怒ってらっしゃる…。

紗凪は周りの目も気にせずに、ゴツン!と額を思い切りテーブルにぶつけるくらいに頭を下げた。その突然の行動に、隣に座っていた沢村はビクッ!と大袈裟に肩を揺らす。



「ご、ごめんてっちゃん…!その、…っ、ほんとに…ごめん…!」

「…貴女が約束を破る人だなんて思いませんでした」

「ゔっ……!」



“約束”

それは、一体どのような約束なのか。少なくとも紗凪は約束を破るような性分には見えない。少なくともここ数ヶ月の付き合いだとしても、御幸はそう思っている。

だからこそ信じられないのだ。あの紗凪が約束を破るのが。



「…部活には入らないんじゃなかったんですか」

「……そのつもりだった。みんなからの誘いも断って青道に入ったんだ…、それに、てっちゃんにははっきり言って断ったからね。……『部活には入らない。だから、てっちゃんと同じ高校にも行かない』って…」

「それなのに、紗凪さんは部活に入ったんですね」

「うぐっ…!…その通りです…」



ストレートな黒子の言葉に、紗凪は更にダメージを背負って地へと伏せた。正確にはテーブルへ、なのだが。

ズウゥゥン、と黒い何かを背負った紗凪を見て、黒子は吐息を一つ落とす。



「…紗凪さんが笑ってくれているなら、もうなんでもいいですよ…」



そんな台詞に、紗凪は一瞬目を見開いてバッと顔を上げて黒子を見た。驚く顔をする紗凪を他所に、黒子は穏やかな笑顔を浮かべている。



「そもそも、僕がどうこう言える立場でもないですし…。…ただ、一つ欲を言うのなら…、」



す、と瞼を閉じて数秒の間口を閉ざす。その言葉の続きをじっと待つ紗凪は、テーブルの下で手のひらをぎゅうっと握っている。

緊張は伝染し、沢村にまで届いていた。ちらりと沢村は紗凪を横目で見ると、紗凪は瞬き一つせずに黒子を視界に映していた。まるで、黒子の動作を見逃すまいとしているようだ。


――そして、


「…また、一緒にバスケ、してくれますか…?」



閉じていた瞼を開けた黒子の瞳は、紗凪の答えが分かっているかのようにキラキラと光っている。

そんな黒子の期待に裏切らず、紗凪は堪らずと言った様子でゆるゆると口角を上げた。



「――もちろん!」



卒業式に交わした約束は、

今、上書きされた。




「…約束するよ。私はもう、バスケどころか部活なんてしない」

「ッ…、だから、誠凛には来ないんですか…?」

「…うん…」

「…また、…また、一緒にバスケ、してくれますか…?」

「……しない、よ…」





あの日、寂しく笑った彼女は、もういない。

黒子は、目の前で花が咲いたように笑う紗凪を見つめて、同じように目を細めて笑った。








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