バニラシェイクな君と


緑間が進学したバスケ部の強豪校である秀徳高校との試合を控えたある日、誠凛高校男子バスケ部は今日も変わらず練習に励んでいた。



「よーし!じゃあ休憩!」



監督であるリコの言葉に、部員達は身体を休める。ある者はドリンクを飲み、ある者はタオルで汗を拭う。

そんな中、帝光中で幻の六人目シックスマンと呼ばれていた黒子テツヤは、鞄に入れていたスマートフォンの画面をジッと見つめていた。



「どうしたんだ黒子?そんな画面見て」

「火神くん」



そんな黒子に話しかけたのは、黒子の光である火神大我。キセキの世代と同じような才能を持つ、黒子の現在の光だ。



「いえ…、ちょっと気になっている人がいまして」

「気になってる人?お前が?」

「はい。…中学の時のマネージャーで、僕もすごくお世話になりました」

「へぇ…。そんなに気になるんだったらさっさと連絡しちまえばいいじゃねぇか」

「そんな簡単にはいきませんよ。…だって僕は、彼女を傷つけたんですから」



意味深な黒子の言葉に火神はクッと眉間に皺を寄せた。けれど、そこで気軽に聞けるほど軽い雰囲気でもなく、火神は先ほどの自分の台詞を撤回したくなった。

ううう、とどんどん顔が険しくなる火神をよそに、黒子はその休憩中、水分補給を取ることすらも忘れて“白崎紗凪”と書かれた連絡先をずっと見続けた。


「てっちゃん!」


そう呼ばれていた日々を、脳裏に過ぎらせて。















部活終了後、黒子は真っ直ぐ家に帰るわけでもなく、いつものお決まりコースでマジバまで来ていた。大好きなバニラシェイクを購入し、席に着く。その数分後、大量のバーガーをトレイに乗せた火神がやって来るのも日常化していた。



「いつ見ても君の食欲は凄いですね…」

「あ?腹減ってんだからしょうがねぇだろ?」



そんな話をしていると、またマジバに人が入ってきた。店員の「いらっしゃいませー!」という明るい声に迎えられてやって来た人は、談笑しながらレジへと並ぶ。

その姿を黒子はぼーっと眺めていると、視界に蜂蜜色が映り込んできた。それはもう自然に、鮮やかに。



「まさ、か…」

「黒子?」



突然様子がおかしくなった黒子に、火神もバーガーを食べる手を止めて名前を呼ぶ。けれど黒子はそれさえも気づいていないようで、ただただレジに並んでいる蜂蜜色の髪の少女をその目に映していた。

その少女は一緒に来ていた男子高生と肩を並べ、笑い、時には怒る。
そのすべてが、黒子にとっては懐かしいものだった。


少女達は注文し終えたのか、席の確保の為にぐるりと店内を見渡す。そして、



「え…、――てっちゃん…?」



影が薄いと何度も言われている黒子を、いとも容易く見つけたのだった。



「どうしたんだー紗凪?」

「だから名前で呼ぶのやめてくださいってば…。いえ、…昔のチームメイトがいたんで…」

「白崎のチームメイト!? それってあれか、キセリョ?か!?」

「中学のチームメイトが涼太だけなわけないでしょ…、ほんと沢村くんって救いようのないバカだよね」

「お前最近ひどいぞ!」

「はいはい…って言っても…見つけられるかな…」



紗凪の言葉はごもっともだ。現に男子高生――御幸、倉持、沢村、降谷は黒子を見つけられていないのだから。

そんな四人を見て、紗凪は黒子に近づこうと一歩踏み出したが、そこからは進まない。その様子ははたから見れば何かに躊躇っているようだ。



「…どうした?紗凪」

「…!…いえ、何でもありませんよ、御幸先輩」



あと名前!といつものように注意し、紗凪はゆっくりと黒子の元へ歩み寄った。

当の黒子は未だ紗凪がいることが信じられないのか、シェイクの持つ手を震わせながら紗凪を見つめている。



「…久しぶり、てっちゃん」



柔らかい声が、火神と黒子の鼓膜を揺する。するりと入り込んでくるその声に、そして紗凪しか呼ばない自分のあだ名に、黒子は何だか泣きそうになってしまった。



「…はい。お久しぶりです…紗凪さん…」



御幸達は、色鮮やかな水色の髪に驚く(「え!? あいつあんな髪色してんのに影薄くね!?」「倉持失礼だぞ!…つか水色って!不良か!? 不良なのか!?」「ぬぅわにぃ〜!?白崎が不良の餌食に!!」「(……うるさい)」)。

当の本人達は、「久しぶり」の言葉からなかなか言葉を発せないでいた。

そこで、ふと紗凪が見たのは、黒子の真正面に座る男、火神。



「…てっちゃんの、チームメイト?」

「あ?お前誰だよ」

「紗凪さんに向かってお前だなんて言わないでください。紗凪さん、こちらは火神くん。…僕の、新しい光です」



黒子に注意され落ち込む火神を他所に、紗凪は黒子の最後の言葉に目を見開いた。

“新しい光”

それは、黒子が今まさに戦っていると示唆している。



「…そ、っか…。そっか…」



ぽろり。涙が落ちた。



「あれ?あれれ?ちょ、うそ、泣くつもりなんて…ごめ、…」

「紗凪さん、」

「違うの!悲しくて泣いたんじゃなくて、……安心、して…」



口元に笑みを浮かべ、堰を切ったように涙を流す紗凪に、黒子も自分の瞳が潤みだしたのを感じた。



「…すみません、紗凪さん」

「え…」

「僕はずっと、君に謝りたかった」



黒子の後悔に染まった瞳を見て、紗凪は更に涙を流した。違う、違うんだ。そう呟く紗凪に、御幸達は信じられない思いでその光景を見ていた。

まだ付き合いは短いが、それでも自分達の知っている白崎紗凪とは、気丈で強くて、こんなに泣く女ではなかったはずだ。なのに、今目の前にいる人は…その、正反対。



「てっちゃんが謝る必要なんてどこにもないんだよ…。むしろ、謝らないといけないのは私の方だ…」

「それは違います」

「違わない!……違わないんだよ、てっちゃん…」



うつむき、ぐっと歯をくいしばる紗凪。



「…ごめん、……ごめん…っ…!」



紗凪は後悔していたのだ。
青峰が部活に来なくなった日から、ずっと。



「可笑しいって気づいてた。私達が間違ってるって気づいてた!…でも、どうしても止められなかった…。チームプレイなんてしなくても勝てたし、むしろ本気を出してプレイしたらそれこそつまらないからって…。

それが結果、最後の全中であんな試合を…」



1が並ぶ数字。絶望に染まった相手の中学校と、黒子。紗凪の頭には未だに涙を流す黒子の顔が離れないでいた。



「ごめん、ごめんなさい…ごめん、てっちゃん…」



一人で背負わせて

一人で立ち向かわせて

一人で戦わせて

ごめん



「…それ以上謝ったら、もう許しませんよ」

「…!てっちゃ…」

「紗凪さんが謝る必要なんて、本当にないんです。それに、僕は一人で戦ってません。ここにいる火神くんは勿論ですが、誠凛の皆さんと共に戦っています」



顔を上げて黒子の顔を見ると、そこには穏やかな笑みが待っていた。それはまるで、紗凪の記憶に残る、あの最後の全中を払拭するかのように…。



「ふ、〜〜〜っ…っ!てっちゃあぁぁあん!!」



ガバッと黒子に抱きつく紗凪に、ガビーン!とショックを受ける青道野球部の四名。そんな彼らの事など露ほども覚えていない紗凪は、黒子の名を呼びながらわんわんと泣いた。

抱きつかれてる黒子は困ったような顔をしながらも、どこか嬉しそうに瞳を細めていた。



「ほら、もう泣き止んでください。アイスティー奢りますよ」

「ほ、ほんとに?」

「ほんとです。あぁ、ほら、座る席がないなら、椅子を持ってきて皆さんで座りましょう。ね?」

「ん…」



どうやら出来上がった品を降谷が取りに行ってくれていたらしく、大人しくトレイを持っていた。黒子はしゅぱっと紗凪のアイスティーを購入し、ガムシロップ4つにミルクを2つ持って戻ってきた。

その間に、紗凪達は黒子の言った通りに、周りから椅子を集めて既に座っていた。



「火神くん、最初てっちゃん影薄くてびびったでしょ」

「そりゃそーだろ。つか先輩らもびびってたぜ」

「あっははー!流石てっちゃん!あ、お帰り!ありがと!」



やはり、戻ってきた黒子に一番に気づいたのは紗凪だった。その事に、黒子は気付かれない程度に頬を緩めると、「ただいま戻りました」と言いながら座り、紗凪に買ってきた産物を渡す。



「わっ、ありがとてっちゃん!ガムシロもミルクも正解だよー。さすが三年間一緒に居ただけあるねぇ」



自分の好みを覚えてくれていた事が嬉しかったらしく、紗凪はにこにこと上機嫌でガムシロップを投入していく。その躊躇いのなさとガムシロップの量に、火神や御幸達はあり得ない物を見るかのような目で眺めていた。



「…で、紗凪さんはどこの高校に行ったんですか?てっきりキセキのいる誰かのところに行くのかと思ってました」

「キセキが進むところには最初から行くつもりはなかったんだけどね。…私、青道高校ってとこに通ってるの!」

「青道って…野球の?」

「そ!なんと!わたくし野球部のマネージャーなのですー!」



ふざけたように言う紗凪だが、黒子は笑うどころか怒りもしない。火神や御幸達があれ?と首を傾げる中、紗凪だけは分かっていたかのように冷や汗をかきはじめた。



「(うわー…、やっぱり怒った…。だから言いたくなかったのに…!どうしよう…)」



そう、黒子は無表情で紗凪を見つめるが、彼は確かに怒っていた。









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