合宿スタート


6月も2週目に入り、より暑さが増していく。燦々とした太陽に照らされながら、今日もグラウンドではカキーン!とボールがバットに当たる音が響いていた。



「おお…結城先輩凄いな…!」



槙原が投げた球をカッ!と打つのは、キャプテンの結城だ。このじとりとした梅雨前の暑さなんて物ともせず、ここ一番のスイングを見せる。



「っと、洗濯終わったかな」



練習風景を眺めるのも程々にしなければ。紗凪はハッと我に返って足早に洗濯機まで駆けて行った。



「紗凪!」

「…!せ、先輩?」

「洗濯なら畳んで置いたわ」

「ぇええ!? あ、ありがとうございます!」

「だから、早くこっちを手伝って?」

「こっちって…」



連れて行かれた先は、食堂の厨房だった。台の上には大量の白米に、バナナ。



「…なるほど」

「ふふ、そう。おにぎりを握っていくのを手伝って欲しいの」

「分かりました!」



元々、中学時代は料理関連の事は桃井がアレだった為に全て紗凪が請け負っていた。そこで培われた技術は正直言ってそんじょそこらのマネージャーより優れていると言えよう。

何故ならば、例え部活の差し入れだとしても、あの赤司が食すものだ。生半可な物は作れない。そして料理本をいろいろ探り、父親が呼んでくれたスポーツトレーナーとあれやこれやと練習していき、紗凪の料理の腕は確実に上がっていった。



「手際が良いわね…」

「これでも中学の時も食事全般は私が受け持っていたので!得意分野ですよ」

「ふふ、さすがね」



憧れの先輩である貴子に褒められ、紗凪は照れたようにはにかんだ。その表情は普段では見れないものなので、余計に彼女達の心を掴んだ。



「〜〜っもう!可愛いわね!」

「ぅわ!先輩!? おおおおにぎりが!」



じゃれあいながらも漸くおにぎりが完成した。出来上がったおにぎりを並べ、バナナも側に置き、給水ポットと紙コップを用意すれば完璧だ。

すると、ちょうど選手達が休憩の為に戻ってきた。みんなドロドロのバテバテで、沢村なんかはおにぎりを目に入れた途端嬉しそうにメシだ!と叫んだくらいだ。



「よし、っと。ボール拾いしてこなきゃ」



部員達がワイワイと賑やかに話している中、紗凪は重い腰を上げてそっとその場から離れた。そしてムシムシと蒸し暑いグラウンドへ一歩踏み入り、転がっているボールを一つ一つ片付け始めた。



「――よっし、おーわり!あー、暑い、汗掻いた!」



一度部室に戻り、タオルで汗を拭いながら部屋から出る。すると、もう部員達は練習を再開させていた。
見ているこちらも辛くなるほどの練習に、紗凪は懐かしそうに目を細める。

帝光中学男子バスケ部の練習量は、他とは比べ物にならないくらいだ。黒子なんかは練習途中で吐くことなど茶飯事だった。その度に紗凪が黒子の介抱に当たっていた。(本当は桃井にその役目を譲ってやりたいのだが、桃井は桃井で別の仕事ぎある為できない)。


遠い過去の思い出が蘇り、紗凪はそれらを捨てるようにふるふると頭を振った。今は、そんなことを考えている場合ではない。



「…流石に1年生にはキツイよね」



生き残れ、沢村くん

紗凪は静かに合掌して、グラウンドを後にした。















「では、お疲れ様でした!」

「おー、お疲れさん!」

「マネージャーもゆっくり休めよー」

「え、あ、はい!ありがとうございます!」



選手たちの方が疲れてるだろうに、それでもマネージャーの気遣いも忘れないなんて、流石としか言いようがない。
紗凪は突然の事に驚くも、慌てて頭を下げてお礼を言った。



「…夏、かあ…」



野球部の甲子園も気になるが、紗凪のこの夏の本命はバスケのインターハイだ。特に今年はキセキの世代のぶつかり合い。気にならない方が可笑しい。

それに、いくら紗凪が野球部のマネージャーになったと言えど、元々はバスケ少女。この夏に行われる甲子園に向ける想いはここにいる誰よりも低いだろう。



「…ほんと、こんな事思いたくないんだけどなあー…」



時々、自分が凄く場違いに思えてしまう。



「あ、白崎!」

「お?沢村くん!おつかれさーん」

「おう!ちっと舐めてたぜ…」

「あっはは!最後吐いてたもんね」

「あれは俺は悪くねぇ!」



モッチ先輩が!と目を釣り上げて怒る沢村に、紗凪はくすくす笑う。



「んで?どした?」

「え?あー…おにぎり!ありがとな!」

「おにぎり…ああ、お昼の!わざわざお礼言いに来てくれたの?」

「おう!白崎にはまだ言ってなかったからな!」

「沢村くんマジでいい奴だね、ほんと」



にぱっと笑った沢村に対してうるうると涙ぐむ#紗凪。誰でもお礼を言われるのは嬉しいものだ。

「こちらこそありがと!」と笑顔で礼を言うと、沢村は少し驚いた表情をしていた。



「…え、え?…何、その表情…」

「いや、その、“マジで”とか…言う奴なんだなって思って…」

「……あー、うん、そりゃ、ね?…その、私元々口汚くて…うん、ごめん…。慣れた人相手だと…その、出ちゃうんだよ…ぽろっと…」



自分で言いながらだんだんと落ち込む紗凪だが、それも当たり前だ。なんせ中学の頃から自分の口の汚さは自覚していたため、いろいろと気をつけて喋っていたりしていたのだ。

…慣れ親しんだ人の前だと、その努力も形無しだが。



「あ、謝んなよ!俺は嬉しいぞ!」

「…う、うれしい…?」

「だってよ、そんだけ仲良くなったってことなんだろ?」



無邪気な笑顔は嘘偽りないもので。
紗凪はふは、と笑みを零した。



「変なの。…沢村くん変だよ」

「なにを〜〜!? 変とはなんだ!」

「それが変だって言ってんのー!ほら、明日も早いんだから早くご飯行って来なさい!じゃね、おやすみ!」



無理やり話を切り上げた紗凪は沢村に背を向けて走り去る。そしてくるりと振り返り、沢村が慌てて食堂へ向かう後ろ姿を眺め、噴き出した。けれどすぐに瞳を細めて、眩しそうに、少し羨ましそうに微笑んだ。











「あ、パパ帰ってきてる」



家に帰った紗凪は、自分よりも早く帰ってきているだなんて珍しい事もあるもんだ、と靴を脱ぎながら思う。

とたとたとリビングに行くと、既にご飯を食べている悠がいた。



「お、帰ってきたか。おかえり」

「ん、ただいま。パパのが早いだなんて…なんかあった?」

「たまたま。ほら、制服から着替えてこい。飯食ったら外行くぞ、外。ラフな格好して来いなー」

「外ぉ?何しに行くのさ」

「決まってんだろ?バースーケー!」



悠が紗凪のご飯を温めながら答える。それにきょとんとした紗凪だが、途端に顔をパァァ!と輝かせて急ぎ足で着替えに行く。

用意されたご飯を食べ、今度は二人揃って家を出る。ストバスまでの道のりを楽しそうに話しながら。



「それにしてもいきなりどうしたの?」

「俺がバスケしたくなったのー。文句あるか?」

「ないけどさー…気になる!」

「んなのしたくなったからするだけだっての。愛しの愛娘とバスケする理由なんてそれで十分だろ?」

「…もう、パパのばーか!」



口では悪態を吐くも、紗凪の顔は赤に染まっていた。そんな自分の娘の性格を熟知している悠は、喉の奥で笑った。










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