チームのために


その翌日から、沢村は練習により力を入れるようになった。力を入れるのはいいことだ。だが、別の言い方をすれば――オーバーワーク。


「…大丈夫かな、沢村くん」


春乃から授業中の沢村の様子を聞いた紗凪は、余計に心配になる。それでも、今自分に出来ることなどない。あの気持ちはあの場で感じた選手にしか分からないのだから。
紗凪は自分の無力感を痛感し、シャーペンを握る手が無意識に強くなった。

部活中も、沢村はタイヤを引いて一心不乱にグラウンドを駆ける。その危機が迫るような表情に、紗凪はマネジメントをしながら不安で顔を歪めた。


「(…ここで私が注意したって、意味がない。ある意味ああいう奴なら痛い目みないと止まらないって言うのもあるけど…、今のこの時期に故障でもされたら困る。てか無理、焦る)」


ここは先輩方に任せるしかないか。
紗凪はクリス達を見ながら、大量の洗濯物を干しに部室の裏口へと向かった。
――その日の夜。沢村が降谷と共にクリス達に呼ばれている頃、紗凪もこの雨の中外に出ていた。


「こーんばーんは」
「あ、紗凪っち!」
「まったくもう。こんな雨の中呼ぶなんてびっくりだよ。パパもカンカンに怒ってたよ?」
「うぐっ…はるかさんにはまたシバかれておくっス…」
「まあまあ、私もフォローしといたからさ! ところでどうしたの? ほんとに急すぎてびっくりした」
「あー…んー…。あの、迷惑だってわかってるけど、どうしても頼みがあるんス。紗凪っちに」


久しぶりに見た黄瀬の真剣な目に、紗凪は気付かれない程度に笑みを浮かべて、こくりと頷いた。


「…俺を、強くして欲しい」


黄瀬から紗凪に向かってその言葉が吐かれたのは、今回で2回目だ。1回目は黄瀬が入部してきて、紗凪の実力を見た後だった。あの時も、真剣な目で頼み込んできたのを覚えている。


「…何かあったんだね。涼太の心を揺さぶる何かが」
「…黒子っちのいるチーム…誠凛に、この前負けたんス。…生まれて初めて」
「…そっか。そう、だったんだ…」


――よかったね、涼太。
柔らかい眼差しと共に、紗凪はその言葉を黄瀬に贈った。黄瀬もきょとんとした顔から一変、普段なら誰にも見せないふにゃりとした気の抜けた表情をした。


「……ん」


黄瀬は黄色い傘を。紗凪は真っ白な傘を差しながら歩く。こんな雨の中では外でバスケは出来ないので、ここから一番近い学校――青道の体育館で練習しに行くのだ。
鍵は開いていない可能性が大きいが、きっとまだ片岡や高島は残っているであろうと予測して。


「ん、着いたよ」
「青道…。紗凪っちはここに進学したんスねぇ」
「まあね。今は野球部のマネージャーしてるよ」
「は!? バスケじゃなくて!?」
「うん。ほらほら、行くよー」


キャンキャン騒ぐ黄瀬を引っ張って体育館に行くと、予想通り閉まっていた。野球部の方はまだ明かりが点いている。よし、と紗凪は小さくガッツポーズしてそこへ向かう。
ドアは開けられていて、まずは中の様子を覗こうとひょこっと顔だけ出して中を見る。黄瀬はそんな紗凪の行動に悶えていたが。


「あれ、監督も高島先生もいないみたい…」
「え、じゃあどうするんスか!?」
「んー…どうしよっか」


困り果てた、というような顔をする紗凪に、黄瀬は不謹慎ながらもこんなに紗凪が自分のことを考えてくれているという事実に嬉しくなった。


「あれ、白崎?」
「ゲ、沢村くん…」
「ゲってなんだよ! てか何でまだこんな所にいるんだ?」
「沢村ァー? どうした…って、白崎!?」
「く、倉持先輩…」


その後、沢村の大声のせいで中にいたクリス達も全員紗凪に気づいてしまった。


「何故こんな夜にここにいる…?」
「えっと…バスケをしたいなってなったんですけど、この雨に外でやったら体を壊すかもしれないので、私の家から近い青道の体育館でしようと思ったんですけど…」


「鍵が開いてないので借りに来ました」と言うと、クリスはハァ…と溜め息を吐いた。


「で、そっちのでかい奴は?」
「俺、見たことありますよ。確か…黄瀬涼太だったような…?」
「え、春っち知ってたの? 野球部なのに」
「え?だってモデルの黄瀬涼太…だよね?」
「…あ、そういえば涼太モデルやってたね」
「そういえば!? ちょ、何年一緒にいると思ってるんスか紗凪っち!?」


涙目になる黄瀬にあははー、と笑って流そうとする紗凪。その仲良さそうな雰囲気に、沢村達は思わずムッとなる。


「んー、監督達もいないし…どうしよっか」
「そんなあ…ここまで来てやんないってのはナシっスよ!」
「そりゃあ私だってそう思ってるけど…」


んん、と眉間をきゅっと寄せていると、クリスが仕方がない、と言いたげにため息を吐いた。


「俺が鍵を取ってきてやる」
「…え!? く、クリス先輩が!? いいんですか!!?」
「仕方がないだろう…。その代わり、俺たちも見学させてもらう。いいか?」
「もちろん! 見学くらいいくらでもしていってください! わぁっ、よかったね涼太!」
「はいっス!」


満面の笑みを浮かべる紗凪と黄瀬に、クリスはふっと笑って鍵を取りに行った。


「そう言えば…、どうして沢村くんや先輩達はここに?私が言うのもなんですけど…寝る時間ですよ…ね?」
「この沢村バカが雨の中走りに行こうとしてたんだよ」
「うぐっ…!」
「…ハァ。……ほんと、最近の沢村くんは見てられないよ。でもまぁ…よかった」


やっぱり、ここは素敵な場所だ。改めてそう思った紗凪は、沢村の背中をバシン!と思い切り叩いた。それに痛そうに喚くが、ほんのり笑った沢村に紗凪も安心したように笑ったのだった。






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