お前はその場にいる人間じゃない


青道側の攻撃が始まる。クリスが打ち、沢村が絶妙なバントを決め、最後に春市が素晴らしいバッティングで1点をもぎ取った。


「すごい…」


思わず紗凪が声を漏らす。だがすぐにクリスの肩を軽く見て、怪訝そうに眉間に皺を寄せた。
クリスもクリスで紗凪が何を言いたいか分かっている。だが、それでも今、マウンドから降りる訳にはいかなかった。


「…あまり、無理しないで下さい」
「分かっている。心配かけてすまないな、白崎」
「いえ…今からブルペンですよね? 一緒に行きましょうか?」
「いや、白崎はここで選手を見てやってくれ。沢村はだいたい掴んできているからな」
「分かりました。沢村くん、頑張ってね」
「お、おう!」


沢村へエールを送り、紗凪は二人を見送った。すると御幸が慌てたように駆け寄ってくる。片岡に用事でもあるのかと思っていたら、御幸は紗凪の目の前で止まった。


「……? 先輩?」
「…監督。ちょっと白崎ちゃん借りてもいいっスか?」
「何の用だ」
「その…中学の時の白崎ちゃんの仲間って言ってる奴が来てて…白崎ちゃんを呼んでるんスよ」
「…そうか。分かった」
「え、ちょっと待っ…! 仲間って…!」


許可を得るなり御幸は紗凪の手を引っ張ってフェンスの外まで連れ出す。途中貴子達が此方を見て目をひん剥いていたが、それすらも視界にいれずに御幸は突き進む。
引っ張られている紗凪はただただ“誰が”という想いに駆られていた。


「御幸先輩! 仲間って…」
「名前は知らねぇ。…青い髪の奴…って言ったら分かるか?」
「!  …まさか、」
「紗凪」


紗凪が名前を言うよりも先に、誰かが彼女の名前を呼んだ。勿論御幸ではない。呼ばれた紗凪は目を丸くして目の前の人物――青峰大輝をその瞳に映した。


「大輝……」


名前を呼ばれた青峰は、ここで漸く柔らかい笑みを見せたのだった。


「…じゃ、俺は行くな?」
「あっ、すみません! ありがとうございました! ほら、大輝もお礼言って。お世話になったんだから」
「あー? ったく…めんどくせぇ……あざーす」
「大輝!」
「いーっていーって! あんま遅くなんないようにな。監督が怒っちゃうぜ」
「あ、はい!」


最後まで礼をする紗凪の頭をぽんぽん、と優しく撫でた後、御幸はグラウンドへ戻って行った。
紗凪はほう、と息を吐き、青峰へと向き直る。が、向き合った先の青峰は、分かりやすいくらいに不機嫌だった。


「ちょ、大輝? なんでそんな機嫌悪いのさ…」
「うっせェ。テメーが…」
「私が?」
「…….何でもねェよ!!」
「いきなり怒鳴らないでよ…」


相変わらずの青峰の態度に、紗凪は呆れながらも懐かしさを感じていた。たった数ヶ月しか離れていないと言うのに。
けれど、それも仕方のない事だ。なにせ中学時代は年柄年中一緒だったのだから。


「大輝は変わってないねぇ。あ、背伸びた?」
「んあ?あー…そりゃあな」
「いいなぁ…。ちゃんと桃ちゃんの言う事聞いてるー? 今日とか部活じゃないの?」
「…どーでもいいだろ」
「どうでも良くないから言ってるんだよ!」


ったくもう、とぷりぷり怒る紗凪に、青峰は気付かれない程度に頬を緩めた。さつきの情報を頼りにここへ来たのは気まぐれだが、やはり来て良かった。
青峰は確かにそう感じていた。


「つかお前何で野球部なんかに入ってんだよ」
「ん? んん…成り行き、かな?」
「ハァ? …青道なんて高校、聞いた事ねぇと思ったら野球の強豪校かよ。志望校決める時からバスケはもう視野に入ってなかったのかよ」
「高校決める時はここが野球の強豪校だなんて知らなかったよ? 入学してから知ったの」
「どっちでもいいわ! …なら、なんで野球部に入った? 紗凪なら推薦ぐらい来てたんだろ?」



質問責めな青峰に、紗凪もたじたじになってしまう。そもそもこんな話をする予定などなかった。
自分がバスケの強豪校に行かなかった理由も、バスケをやめた理由も。誰にも語るつもりなどなかったのだ。


「…野球部に入ったのは、本当に成り行きなの。でもね、…そうだなぁ。強いて言うなら…魅せられたから、かな?」
「魅せられた?」
「…チームプレーに」
「!!」


思わぬ言葉に、青峰も驚いてダルそうな目から一変して見開いた。当たり前だ。青峰にとって、“チームプレー”程くだらなく、意味のないものなのなど他にはない。
けれど、まさか紗凪からその言葉が出るとは思ってもみなかったらしく、青峰は言葉も出ない。


「…帝光時代、チームプレーなんて、って…ずっと思ってた。だってそんなの足の引っ張り合いだったから。
でも、そうじゃなかった」


円陣を組んで、結城先輩が声を張り上げている光景が目に浮かぶ。そう、あれに魅せられたんだ。チーム一丸となって、チームとして勝つという姿勢に。


「ここなら、教えてくれると思った。私に足りない“何か”を」


紗凪は真っ直ぐにフェンス越しにグラウンドを見つめる。その眼差しに浮かぶ羨望の色を、青峰は確かに見た。
ギリ…、と青峰は拳を強く握りしめる。――ムカついたのだ。どうしようもなく。


「…お前、青道ここに来て変わったな」
「……そう、かな…?」
「…腑抜けたんじゃねぇか?」
「ふっ!? 腑抜けてないよ! 失礼な!」
「なら分かんだろ」


間髪入れずに青峰が紗凪を見下ろしながら威圧する。何を、とでも言いたげな彼女に、青峰は一言、爆弾を落とした。


紗凪お前は、ここにいる人間じゃないだろ」


突然、冷水を浴びせられたかのような、そんな冷たい何かが、紗凪の背中を駆けずり回った。






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