急速に進化する


グラウンドに歓声が響く中、御幸、クリス、沢村、紗凪はブルペンに入っていた。


「沢村…この新しいフォーム、どういう意識で投げている? 感覚でもいいから話してみろ」
「…意識ってゆーか…右手のカベですかね…? でもどうやったらカベを作れるか分かんなくて、投げる時にグローブを潰すようにしてますけど」


そしたらいい感じになった、という沢村の言葉に、御幸は“右手のカベ”に疑問を感じた。それもそうだろう。今まで沢村がそんな事を言ってきた事などなかったのだから。


「でも…見ていた限りだと、そのカベを意識しすぎて右足も中に入り込んじゃってるよ」
「え?」
「白崎の言う通りだ。いずれ体が慣れればそれでストライクを取れるようになるかもしれん。だが今、それじゃあコントロールはつけられないだろう。
右手のカベを意識しつつ、右足はホームに一直線になるように踏み出してみろ」


クリスの指示に、沢村は右足の位置を確認した。どうやら思ってもみなかった事だったようで、戸惑っているみたいだ。
しかし、もう時間はない。沢村は御幸、クリス、紗凪に見守られながらザッと左足を上げた。


「(これ、だ…、真正面から見ればよく分かる…。左腕が遅れて…!)」


――ドパァン!


「うお〜〜!! 入ったああぁ!!」
「いや…ギリギリボールだな」


沢村の雄叫びが響いた。その声色は、喜び一色だった。


「…成長速度が速すぎる…!」


ツーっと紗凪のこめかみに冷や汗が伝う。その隣にいる御幸は、口元に弧を描いて至極楽しそうに目を爛々と輝かせていた。
その後沢村とクリスは試合に戻っていく。残った紗凪と御幸は、まだ先程の余韻に浸っている。


「…さーて、俺もそろそろ行こっかな。白崎ちゃんも早く行かないとダメなんじゃねーの?」
「そうですね…私も行きます」


御幸につられるように紗凪もブルペンから出る。御幸はフェンスから出て行き、紗凪はフェンス沿いを歩いてベンチに戻ると、クリスの叫び声が地面を震わせた。


「まだまだ試合はこれからだ!! しまっていくぞーー!!」


驚いたのは、紗凪だけじゃなかった。前園や春市、そして同じ三年の結城や益子、伊佐敷までもが驚いた表情を見せた。
そんな中でただ一人、丹波は嬉しそうな顔をしていた。


「はははっ! クリス先輩大きな声出るじゃないっスか!! けどちょっと声裏返ってましたよ」
「うるさい。お前はちゃんとミットに投げることだけを考えろ」
「は、はい!」


沢村の嬉しそうな言葉に、クリスは顔を赤くして注意する。沢村はその注意に焦ったように頷いた。


「…ふふっ、なんだかんだで…いいバッテリーじゃん」


紗凪はそんな二人を見て、眩しそうに目を細めた。

沢村は自身のクセ球、ムービングボールを投げる。狙い通り、バットは鈍い音を立ててボールに当たる。すると、クリスが後方に飛んで行ったボールを取りに走った。ボールはフェンスギリギリに降下していく。

――ドカッ!

何かにぶつかる音が聞こえた中、客席も選手も固唾を飲んで土煙が晴れるのを待つ。その土煙が晴れた先にあったのは――クリスがコンクリートに背を預けながら、ミットにボールが入っている姿だった。


「と…捕ってる!?」
「フェンスギリギリ、躊躇なく突っ込みやがった!! ケガが怖くねェのか、アイツ!?」


観客が沸く中、沢村は心配そうにクリスに近寄った。そんな心配をクリスはフンと鼻で笑い飛ばす。


「よ…よかった……」


紗凪はいつの間にか手をぎゅっと握りしめていたようで、手に汗がじんわりと滲んでいた。
――今、見た気がする。クリス先輩のプレースタイルを。たった一つのアウトを取ることにすら貪欲な姿勢に、紗凪は心の奥が温まるような感覚に陥った。

――それと同時刻。フェンス越しに今のを見ていた一人の男は、観客の歓声が沸く中、先程のクリスのプレーに苛立ちを覚えていた。


「は? 今のがそんなに凄いことか? つか何でアイツはバスケ部じゃなくて野球部に入ってんだよ」


ガシガシと青い髪を掻き、ダルそうに目を細めて居るであろう一人の少女の姿を探す。が、なかなか見当たらない。
そこへ“青道”と書かれたTシャツを身に纏った男――御幸を見つけ、男は面倒臭そうにのそのそと近寄る。


「なぁ」
「…? 俺?」
「そうそう。…アイツ、どこか知らねェか?」
「アイツ?」
「アイツだよアイツ……白崎紗凪」


男の名は――青峰大輝。キセキの世代の、エースだ。






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