▽ 「scalding」
とりあえず、この、目の前でデレデレと顔を緩ませる男をどうにかしないと話は始まりそうになかった。
「…………あのね、三成」
「愛してるんら」
「いや、だからね」
「きらまを愛する許可を!ひれよりさまぁあああ」
「秀吉様はもう帰ったから」
石田三成、めちゃくちゃ酔っ払っておるのでございました。呂律回ってない上に幻覚見てない?どんだけ飲んだのよこの子は。
私は豊臣軍のお抱えの女中であり、この酔っ払いの恋人だったりします。
だからこうして勝ち酒の席で潰れた彼の世話を任されたわけなのですが。
「…………あっつ」
「英梨は気持ちがいいなあ!ふにふにしているろ」
「肥えているといいたいのか?!お前を斬滅してやろうか!」
「るぁははははは」
「ちょっと、離れて!暑いし熱い!」
そうなのです。三成さん、さっきからこの調子で全く私から離れてくれないのです。
具体的に言うと、後ろから抱き締められております。普段全くデレてくれないからこういうの、本当なら凄い嬉しい。
んだけど。
「英梨〜」
「酒臭い!あと熱い!」
酔っ払いって体温高いからくっつかれると、尚更蒸し暑い。
にやにやデレデレしているうちはまだ良かったが、だんだん余計なところまで触ってくるようになった。
「ちょ、何してんのバカ!」
「あいしれるぅ」
「ありがとう!でもやめて!」
途端にしゅんとなる三成。
いつもは元気に尖っている前髪も心なしか乱れて垂れている。
「英梨は、私のことらんて嫌いらのか……?」
「いや、そういう話はしてな…」
「嫌いらのか?」
「わっ、ちょっと」
私の胸元を掴んで揺さぶっていた三成が体勢を崩し、私の上に覆いかぶさってきた。はたからみれば押し倒されて、いやどう見ても押し倒されています。
たとえそれが事故でも。
「英梨……」
「み、三成……」
乱れた前髪が私の前髪に重なる。
とろんと溶けているくせに色っぽい目線が降ってくる。
…………勝てなかった。
「…………三成、大好きっ」
「フッ」
小声で囁いてぎゅっと頭を抱き締めると、三成はなんだか微妙に黒い笑い方をした。
ような気がしただけだけど。
目を閉じてウトウトし始めた三成の耳元に沢山言葉を紡ぐ。普段は言わないけれど、せいぜい夢の中では私だって好き勝手言わせて貰いたい。
「三成すき。いっっつも秀吉様秀吉様言っててズルいなって思うけど好き。もっと普段も甘えてよ。いっぱいぎゅってしてよ。三成、すき。すっごい好き」
「…………」
「三成…………」
三成は完全に眠ってしまっていた。
どうせ聞こえてないことだから、寝てても起きてても関係ないけれど。
ふと思い返して赤面する。私も酔っ払いではないか。
- - - - -
「…………英梨」
「あ、おはよう、三成」
三成は何時に寝ようとどんなに酔っ払っても、いつも決まった時間に起きてくる。どことなく疲れているようだが、いつも通り前髪含め全てがしゃんとしていた。昨日の夜のだらしない彼との差異に、胸がきゅんとする。まったく、この人はどれだけ人をときかせたら気が済むのか。
自覚のない彼は、竹刀の先をふらふらさせていた。
「朝稽古?大変だね」
「…………ああ」
「がんばってね」
絶対二日酔いなのに凄いな。
本当、秀吉様大好きだなこの人はと思って頬が緩む。
刹那、三成の腕に閉じ込められていた。
ゆっくりと時間が進んでいくけれど、私も三成も動けないでいた。彼の胸は発熱を疑うほどに熱い。背の高い彼に合わせるため慌てて爪先立ちになって、着物に指をかけて握る。首筋に三成の吐息を感じて、身体が震えた。
「…………三成?」
「英梨」
「はい」
「…………私も、だからな」
「はい?」
見上げると、三成の真っ赤な耳が見えた。
「いっ、一度しか言わぬからなっーーー私も、大好きだっ」
そう言って、勢い任せの接吻を落とされた。
ああ、まったく、この人は。
「…………ありがと」
かわいくて、どうしようもないんだから。
→→おまけ
「おや、おはよう、英梨ちゃん」
「あ、おはようございます。半兵衛様」
「昨日は三成くんが酔っ払ってしまったと聞いたけれど、どれだけ強い酒を用意したんだい?」
「えっと、至って普通の日本酒だったと思いますけれど。三成は一升程度開けておりましたが」
「ははっ、三成くんが日本酒程度一升で酔っ払うはずがないじゃないか」
「…………え?」
「あっ!おはようございます半兵衛様っ!」
「三成くん、廊下は走ってはいけないよ」
「し、失礼しました」
「…………三成さん、ちょっとお話があるんですけれども」