ジギタリスの憂鬱

クリスマス休暇



12月に入り本格的に寒い季節がやって来た。昨日、寮監のフリットウィック先生が、クリスマス休暇に家へ帰る人をチェックするから名前を書くようにと、一枚の羊皮紙を談話室の掲示板に貼って行った。ホグワーツでのクリスマスがどんなものか気になるが、やはり家や家族が恋しいので羊皮紙に記名することにした。仲の良い子達もほとんどが帰宅するようだ。


「それじゃ、ハリーはホグワーツに残るの」
「うん。あとロンとロンのお兄さん達もね」


大広間から帰る途中でハリーとすれ違ったのでちょっと立ち話をした。内容はクリスマスのこと。ハーマイオニーは確か家に帰ると言っていたけど、ハリーとロンは残ることにしたみたい。休みが明けたらホグワーツのクリスマスがどんなだったか聞いてみよう。


「そういえばカエデ、『クィディッチ今昔』はもう読んだ?」
「読んだよ。すっごく面白かった!おすすめしてくれてありがとう、ハリー」
「どういたしまして。と言っても僕もハーマイオニーに勧められて読んだんだけどね」
「ほんっとハーマイオニーって色んなジャンルの本を読むよね」


しかも読むスピードが早いから、もう既にホグワーツの図書室の本棚一つ分の本は軽く読んでいそうだ。感心しながら言うと、その言い方がおかしかったのかハリーは声をあげて笑った。


「箒に関しては、得た知識だけ上達すればいいのにって嘆いてたけどね、彼女」
「ああ、それは私も心の底からそう思う……」
「カエデも箒に乗るの苦手なの?」
「そうなの。そうだ!ねえハリー、今度時間がある時にでも箒に乗るコツとか教えてくれないかな?」
「僕で良ければお安いご用だよ」
「ありがとう!」
「おーやおや、箒に乗る才能の無いマグルは英雄サマに泣きついているのかい?」


楽しく会話をしていたのに嫌な声が割り込んできた。私とハリーの顔が同時に歪む。声のした方を振り向くと、やっぱりマルフォイがいた。取り巻きのクラッブとゴイル、そしてよくマルフォイにくっ付いているスリザリンの女の子が、にやにやしながらこちらを見ている。


「サクラ!あんたが箒に乗れないのはあんたが本の虫だからじゃないかしら?知識ばかり詰まった頭が重くてひっくり返っちゃうのよきっと!」
「違いないね。それに、ポッターにアドバイスを貰うなんて、もしかして箒にぶら下がって懸垂するコツでも聞くつもりなのかい?」


女の子の甲高い声、マルフォイの人を小馬鹿にした笑み、あと二人の笑い声。全部うるさいけど私は全てスルーして「そういえば、どこかへ行くとこだったの?」とハリーに尋ねた。スリザリンの四人に苛々していたハリーだが、私が邪魔が入らなかったかのように会話を再開するときょとんとした表情になった。


「う、うん。ロンとハーマイオニーを探しに大広間へ行くとこだったんだ」
「やっぱり。今思い出したんだけど、ハーマイオニーに先にご飯食べてるからハリーに会ったら伝えてって言われてたの。だから呼び止めたんだった」
「そうなの?ありがとうカエデ」
「ううん、長々話しちゃってごめんね。じゃあまた」
「またね」


眉を吊り上げる四人をとことん無視して、私とハリーは手を振り合って別れた。女の子が「なによあいつ」と忌々しげに呟くのが聞こえる。このままスルーして彼らの前を通り過ぎようとした。


「いたっ!」
「僕を無視するなんていい度胸じゃないか。マグルの癖に」
「ちょっと離してよ!」
「ああすまないね。掴みやすそうな馬鹿みたいに長い髪だと思ってね」


そしたら、グイッと髪が引っ張られて足止めされた。台詞から察するにマルフォイの仕業なのだろう。「本当に無駄に長い髪ね、ドラコ!」と、女の子が馬鹿にしたように笑う声が聞こえた。もう一度離せと言ってもマルフォイは聞く耳持たない。なんなの、もうっ!


「マルフォイ、手を離すんだ。女の子にすることじゃないだろう」


手を叩きでもすれば怯んで離れるだろうかと思ったその時、誰かが止めに入ってくれた。この声は、セドリックだ!マルフォイは一瞬間を置いたあと、フンッと鼻を鳴らしやっと私の髪から手を離した。


「マグルに親切な奴がたまたま通りかかって良かったな、サクラ」


そして取り巻きを連れて去って行った。本当に、ほんっとーにムカつく奴!その背中を睨みつけながらぐしゃぐしゃになった髪を手で梳くと、引っ張られて絡まったのか、途中で指が引っかかった。


「絡まったの?解いてあげるから向こう向いてみて」
「えっ!あ、ありがとう」


言われた通りにくるりと背中を向けると、セドリックは絡まったところを丁寧に解いて最後に手で梳いてくれた。その手付きが優しくて、ドキドキしてしまう。


「これで良しっと」
「ありがとう、セドリック。さっきも止めに入ってくれて助かったよ」
「どういたしまして。……カエデ、マルフォイ達の言ってたことなんて気にすることないよ。僕はカエデの髪ってすごく綺麗だなって思ってるし」
「ほ、本当!?」
「本当だよ」


セドリックはにこりと笑って私の頭を撫でてくれた。それからお互いの寮への別れ道までお喋りしながら歩いた。嬉しいことばかりで、談話室へ着く頃にはもうマルフォイに髪を引っ張られたことなんかすっかり忘れてしまった。


***


「お帰り、楓!」
「パパ、ママ、ただいま!」


クリスマス休暇に入ると、私含め家に帰宅する生徒達はホグワーツ特急に乗り込み、そして9月以来のキングズ・クロス駅に到着した。コンパートメントでも一緒だったハーマイオニーと、上級生に続いて柵を抜けマグル界のプラットホームへ出る。迎えに来てくれていたパパとママはすぐに見つかった。久しぶりなのでぎゅっと抱き着きに行く。それからハーマイオニーを紹介した。ハーマイオニーのご両親も少し探すとすぐに見つかったのでご挨拶した。優しそうなご両親だ。そしてまた行きの汽車で、と約束し、私達はそれぞれ家路についた。


「学校はどう?お友達はたくさんできた?」
「すっごく楽しいよ。友達いっぱいできたし、上級生もみんな優しいの」
「クリスマスは残らなくてよかったのかい?いや、もちろん帰って来てくれて嬉しいのだけど」
「うん、ホグワーツのクリスマスも気になったけど……パパとママに会いたかったから」


こんなに長い間家を離れたのは初めてなんだもん。ちょっと照れつつそう言うと、パパもママもにっこり笑って私を抱き締めたり頭を撫でてくれた。



「ふわぁ……おはよう、キルケ」
「ホーッ」
「わあっ!プレゼントだ!」


クリスマスの日の朝はキルケに起こされた。まだ眠たい目を擦りながらふとテーブルの上を見ると、そこにはいつの間にか届けられたプレゼントが小さな山になっていた。送り主はパパとママ、ソフィおばあさん、そしてホグワーツの友達からだった。友達やお世話になった人とプレゼントを送り合うものだと聞いて、急いで買ったんだよね。友達がくれたプレゼントから順番に開けていく。パドマやリサ、マイケル、アンソニー、テリーのレイブンクローの仲良しメンバー。ハリーとロン。ハーマイオニーからは本だった。私も同じく本をハーマイオニーに贈ったので、考えがシンクロしているようで嬉しくて笑みが零れた。なんとセドリックからも来ていた。とてもおしゃれなアンティーク調の手鏡とブラシだった。

クリスマスの夜はソフィおばあさんもお招きして家でささやかなクリスマス・パーティーをした。ハーマイオニーも久しぶりの家でのんびりしてるかなあ。ハリーとロンも、ホグワーツで楽しんでるといいんだけど。

ちらちらと雪の降る、素敵な夜だった。


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