ジギタリスの憂鬱

グリフィンドール対スリザリン



翌日の朝食の席でハーマイオニーを見かけ、昨夜一晩中心配で仕方なかった気持ちがやっと安らいだ。良かった、無事だったんだ。目が合うとハーマイオニーは微笑みながら手を振ってくれたので、こちらも振り返した。すぐにでも話をしに行きたかったのだけど、授業や課題でなかなか時間が作れなかった。またハーマイオニーもなにかと忙しかったらしく、久しぶりに話ができたのは11月に入って二週間ほど経過してからだった。


「なんだかカエデとこうして話すのは久しぶりね」
「本当に。ごめんね、ちょっと忙しくって」
「こっちも同じようなものだったから、気にしないで」


その日の全ての授業が終わって夕食を摂りに大広間へ行こうとしていた時、廊下でハーマイオニーに偶然会えた。食事の時などにお互い姿は毎日確認していたのだけど、こうして顔を合わせて話すのは久しぶりで、「なんだか変な感じね」なんて言って笑い合った。ハーマイオニーと一緒にいたハリーとロンは、気を遣ってくれてるのか少し離れたところで二人で喋っていた。


「……ねえ、あの二人と仲良くなったの?」


ハロウィーンの日にハーマイオニーがトイレで泣いていた原因がロンだったことを不意に思い出した。なのに、今の三人は仲が良さそうだ。一緒に大広間へ行くところだったみたいだし。それが気になって、少し声を低めてハーマイオニーに尋ねてみた。


「あー…ハロウィーンの時にね、あの二人に助けてもらったのよ」
「助けてもらったって……もしかして、トロールから?」
「そうよ」


「それから何となく仲良くなったのよ」ハーマイオニーはちょっぴり恥ずかしそうにはにかみながらそう言った。いつの間にということと、あの二人がトロールを倒したという話に驚く。一年生がトロールと戦うなんて無茶だと聞いていたのに……。ハリーは、さすが魔法界の英雄と言ったところなんだろうか。ちらりと彼らを見ると目が合ってしまった。すぐに反らすのも変なので曖昧に笑っていると、気付いたハーマイオニーが「紹介するわ」と二人を呼んだ。


「ハリー、ロン。こちらカエデよ」
「ウン、聞いたことあるよ。レイブンクローの変わり者の東洋人だって」
「よろしく……って、ちょっと待って誰が言ってたのそれ」


ちょっと聞き捨てならない言葉が耳に入った。ハリーとロンは、ドキッとした顔で「いろんな奴から……だよなあ?」「う、うん」なんて言い合っている。待ってどうしてそんなに私が変わってるなんて噂が回ってるわけ……!?ハーマイオニーはおかしそうに笑うだけだった。うう……話題を変えよう。


「えっと、ハリーはグリフィンドールのクィディッチ選手に選ばれたって聞いたけど、本当なの?」
「うん、そうだよ。でもおかしいな、極秘のはずなんだけど……」
「ホグワーツの『極秘』はみんな知ってる話ってわけさ」


困った顔をするハリーに、ロンがおどけたように肩を竦めて言った。ハリーが一年生にも関わらず選手に選ばれたという話は、マイケルから聞いた情報だ。マイケルもクィディッチの選手になりたいと思っているらしく、ハリーのことを羨ましがっていた。ハリーのポジションはシーカーだそうだ。それを聞いた私はいまいちわかっていないような顔をしていたらしく、シーカーはどんな役割なのか簡単に教えてくれた。


「それじゃ、とても重要なポジションなのね」
「だから、初試合のことを考えると今から緊張するよ」
「ハリーなら大丈夫よ」
「そうそう!なんたって初めての飛行訓練で、マルフォイなんか目にならないくらいの飛行を見せてくれたんだからな!」
「へえぇ!」


ハリーの肩を組みまるで自分のことのように誇らしげに言うロン。ハリーは照れ臭そうに笑っていた。ハリー・ポッターって魔法界の英雄ってことしか知らなかったけれど、こうして話してみると普通の男の子なんだな。


「ハリー、今度の試合応援に行くね。頑張って」
「ありがとう。頑張るよ」


***


クィディッチの試合は土曜日に行われた。今回はグリフィンドール対スリザリン戦。私が応援するのはもちろんグリフィンドール。というかクィディッチの試合の結果は寮対抗総合順位に影響するため、スリザリンが優勝候補から外れることを期待して、レイブンクロー生もハッフルパフ生もほとんどがグリフィンドール・チームの応援をするみたいだ。


「この試合の目玉はポッターだな!」
「ああ。お手並み拝見といったところだ」
「噂の英雄なうえ特例で選手に選ばれたんですもの。全生徒の注目の的よ」


クィディッチファンのテリー、来年には選手入りを目指すマイケル、そして意外とミーハーなところがあるパドマは特に熱くなっている。最前列を譲った私とリサとアンソニーは、苦笑しながら彼らと試合の行方を見守った。

途中ハリーの箒がおかしな動きをするなどの波乱があったが、ハリーがスニッチを取り170対60でグリフィンドールの勝利で終わった。初めて観戦したクィディッチの試合はものすごい迫力だった。なにより選手達の飛びっぷりが素晴らしい。ハリーも一年生なのに全く上級生に引けを取らなかった。特例の一年生シーカーの腕前は熱心に観ていたマイケルとテリー、パドマのお眼鏡にかなったらしく、三人とも城までの帰り道も夢中になって語り合っていた。


「だけどほんっと凄い飛びっぷりだったよね!」
「上手い人ってあんなに自由に飛び回れるものなんだね……」
「ははっ!リサもカエデも飛行訓練で苦戦してたからなあ」


マイケル達の後ろを歩きながら、リサが試合の興奮冷めやらぬまま呟いた。それには私も同感。アンソニーに笑われたように、私達は飛行訓練でかなり苦戦しているのだ。リサがむっとしたように口を尖らせる。


「しかたないでしょ、箒って難しいんだもん!ねっ、カエデ!?」
「うん。今度ハリーにコツでも聞きに行こうかなぁ」


同意を求めるリサに力強く頷き返し、溜め息交じりにそんな切実な呟きを吐く。なんとかして卒業するまでに箒で自由に飛べるようになりたいものだ。


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