ジギタリスの憂鬱

ニコラス・フラメル



クリスマス休暇も終わり、新学期が始まって数週間が経った。すっかり通いつめている図書室で、今日は魔法薬学に関する本を探す。魔法薬学って一番苦手かも。もとから理科系の教科って苦手だったし、内容も調合も難しいよ。空き時間にでも調合の練習をさせてほしいとスネイプ先生に頼んでみようかと思ったけれど……授業後毎回思うけれど、スネイプ先生ってちょっと怖いから結局言えず終いだ。だからせめて本を読んで勉強しようと思ったわけだ。


「あ、ハーマイオニー?ハリーとロンも」
「あらカエデじゃない」
「やあ」
「魔法薬学の本なんて持って何してんの?」
「何って勉強だよ。苦手だから」


隅の一角でハーマイオニー達を見つけたので話しかけに行った。ロンは私が持っている本の表紙を見るなり嫌そうに顔を歪める。首を傾げると、「魔法薬学とスネイプ先生が大嫌いなのよ、この人達」とハーマイオニーが呆れ顔で教えてくれた。


「ところで三人は何してるの?ずいぶん色んな本を読んでるみたいだけど」
「あー…ちょっとした調べ物よ」


三人の机にはたくさんの本が積み重ねられていた。少し見ただけでも様々なジャンルのものがあることがわかる。ハーマイオニーは言葉を濁らせたあと、ハリーとロンと目配せした。聞いちゃいけないことだったかな。


「それじゃ私――」
「カエデ、ニコラス・フラメルって知らない?」
「……何て?」
「ニコラス・フラメル。人の名前なんだけど、聞いたことないかな?」


邪魔したら悪いと思い離れようとしたが、ハリーが突然そう聞いてきた。ニコラス・フラメル……?三人はその人について調べているの?こうしてホグワーツの図書室で探しているということは、魔法界の人物なのかな。こちらへ来て読んだ本なんかを思い返しても、その名前は思い出せない。


「ごめんなさい、わかんないや」
「そっか……ありがとう」
「私の方でも探しておこうか?」
「いや、いいよ、気にしないで。本当にありがとう」


ハリーの言い方は、この話はこれで終わり、と念を押してくるようなものだった。そのニコラス・フラメルという人のことや、何かの授業で課題に出されたわけでもなさそうなのにどうして調べているのか気になるけれど……。ここは空気を読んで「じゃあ、またね」と手を振る。それから魔法薬学の本を借り、図書室を出た。


「おっ、カエデ。図書室にいたのか?」
「アンソニー。そうだよ、何か用だった?」
「いや、暇だから話し相手探してたんだ」


ニコラス・フラメルって一体誰なんだろうとぼんやり考えながら歩いていると、アンソニーとばったり会った。「他のみんなはどこに行ったの?」と聞くと、テリーとパドマはクィディッチの練習の見学に行き、リサはフリットウィック先生のところへ、先程まで一緒だったマイケルはなんとグリフィンドールの女生徒に呼び出されたそうだ。


「で、今日は何の本借りたんだ?」
「魔法薬学だよ」
「あー、一番苦手なんだっけ。そういや調合の時いつもすごい顔してるよな」
「虫苦手なんだもん」


魔法薬学の材料には角ナメクジとかヒルとか虫を使うことがよくあるんだけど、そういうのを扱うのは私にはかなりハードルが高い。思い出してつい身震いする。そういうのにもだんだん慣れてくるのかなあ。「やっぱりスネイプ先生に練習させて欲しいってお願いした方がいいのかな」そう呟くと、アンソニーはびっくりしたように目を丸くさせて笑い出した。


「そんなことしたらますます変わり者だって言われるぞ」
「だよね……。スリザリン生でさえ、そんなことしてる人聞かないし」
「レイブンクロー生の頼みを聞いてくれるかも怪しいよな」


くつくつ笑うアンソニーに対して、私は溜め息をついた。確かに調合の練習をさせてくれるかどうかも分からないよね。もし私がスリザリン生だったら少しは快く聞いてくれそうだけど。とりあえず勉強は本とか魔法薬学得意な人に教えてもらうとして、調合の過程は……頑張って少しずつ慣れていくしかないようだ。


「ま、それよりさ、暇だから話し相手になってくれよ」
「いいよ。談話室行こっか」


その後私とアンソニーはレイブンクローの談話室に戻り、他のみんなが帰って来るまで二人でお喋りしていた。


***


グリフィンドール対ハッフルパフのクィディッチの試合が終わると、学期末の試験が一気に近付いてきたような気がした。まだ十週ほど先ではあるものの、初めての試験だしどれくらいの難易度なのか全くわからないから少し不安だ。イースターの休暇は試験に備えてか、どの教科も課題が山ほど出されたので、ほとんど勉強して過ごした。

そう言えば、ニコラス・フラメルの件ってどうなったんだろう。ふと思い出してはハーマイオニーに聞こうとしたのだけど、一緒に勉強している時もハーマイオニーには他の話題をする隙もなく謎のままだった。


「あーあ、イースター休暇が終わってから急に課題増えたよね。やんなっちゃう」
「しょうがないでしょ、試験が近いんだもの」
「あたし呪文学は自信あるからいいもん」
「私も魔法史だけ点数良ければそれでいいや」
「一教科だけずば抜けて良くても駄目なのよ、そこのお二人さん」


得意科目とそれ以外の出来の差が激しい私とリサ。項垂れているとパドマは呆れたようにそう言った。パドマは全教科得意だからなあ、うらやましい。どんどん近付く試験は憂鬱だが、その前に今日の授業をしっかり聞かなくちゃ。今回出された魔法薬学のレポートは珍しく納得のいく出来になったし。


「?どうしたのかしら、なんだか騒がしいわね」
「本当だ。何かあったのかな」


朝食のために大広間へ入ると、妙に生徒達がざわざわしていた。特にグリフィンドール生がみんな深刻そうな顔をしている。対してスリザリン生はやたら嬉しそうだから……グリフィンドール関係で何かあったの?なんだろうねと言い合いながらとりあえず三人並んで席に着く。すると向こうで話し込んでいたテリー達がすぐにやって来た。


「おい聞いたか!?大変だぞ!」
「どうしたの?」
「グリフィンドールが150点も減点されたらしい!」
「150点!?いったい誰がそんなに減点されたのよ!?」
「あのポッターとグレンジャーと、ロングボトムって奴だそうだ」
「えっ!?」


興奮気味なテリーを抑えて代わりにマイケルが答える。私はびっくりして取ろうとしていたロールパンを落としそうになった。ハリーもハーマイオニーも、いつもむしろ点を稼いでいる人達なのにどうして……?三人とも夜中に寮を抜け出していたことが原因らしいけど、ハリーもハーマイオニーもネビルも理由なくそんなことする人達だとは思えない。


「最悪だよな。これできっと優勝杯はスリザリンだぜ」
「でも、三人とも何か理由があったのかもよ?」
「一年生が真夜中に寮を抜け出す理由なんてあるのか?」
「同じ寮だから逢引きってわけでもなさそうだしな」
「そんなことしようとするのはあんたくらいよ、マイケル」


妙に真顔なマイケルの一言にみんなは笑うが、私は黙って考え込んでいた。大広間にいないハリー達のことは心配だが、周りの生徒達の反応が少しひっかかっていた。グリフィンドール生が怒る気持ちはわかる。喜んでいるスリザリン生は元々特にグリフィンドール生徒敵対しているからあの態度でも納得するけれど。私が気になるのはレイブンクローやハッフルパフの態度。スリザリンに寮対抗杯を取られたくないからグリフィンドールのこの大幅減点に腹を立てているのだろうけど、私達がハリー達を嫌い始めるのは何か違う気がする。上手く言えないけど。


「(それに、みんな手の平返し早いなあ……)」


昨日まであんなにハリーを持て囃していたのにさ。だけどそんなことを言えるような空気でもなく、もやもやするものを抱きながらも黙っているしかなかった。

ハーマイオニー達とすぐにでも話したかったのだけど、彼らは他の生徒達の目を避けているようで、授業外でもなかなか会うことができなかった。一度ハーマイオニーと廊下ですれ違った時は、曖昧な笑みを浮かべてそそくさと離れて行ってしまった。……私もハリー達の減点に呆れていると思われているのかな……。


「キルケ、この手紙をハーマイオニーに届けてね」
「ホーッ」


そんな誤解は解いてハーマイオニー達を励ましたいと思ったので、私はハーマイオニー宛に手紙を書いた。元気になって欲しくって、手紙には開くとたくさんの小さな星が舞う仕掛けを施した。

翌日、大広間で目が合った時、ハーマイオニーは以前のように微笑んで「おはよう」と口パクで言ってくれた。それに同じように返しながら、少し表情が明るくなったハーマイオニーにほっとした。


- ナノ -