夕やけ小やけの赤とんぼ




子どもの一団が私たちの横を走り抜けていった。と思ったら、女の子がひとり、待ってようと泣きそうな顔で彼らを追いかける。くまの人形を抱きしめて、必死に足を動かして。
それを見て、仁王が小さく笑った。

「どうしたの」
「苗字みたいじゃなあと思って」
「ほー。私の子ども時代をあなたは知っているのですか」
「知らん。でも想像はできる」

私は町内のアイドルで、幼稚園の人気者で、皆にちやほやされて育ったんだぞ。それはもうたくましい女の子で、泣いたことなんてないんだぞ!
……なんて、そんな過去、ありはしない。特別目立ったことはない。仲のいい子もいれば仲良くやれない子もいた。友達と喧嘩をしてはべそをかいて、時にはお父さんに叱られる、そんな子供だった。
あれ、おかしいな。今と何も変わっていないじゃないか。

仁王の想像はもしかすると、ものすごく当たっているかもしれない。だけどそれは何だか負けた気がして悔しい。まだ楽しそうにくつくつ笑っている仁王の背中にスクールバッグをぶつけてやると、仁王はわざとらしくと呻いた。

この季節、風は冷たいけれど夕日はあたたかい。空は真っ赤だ。鮮やか過ぎるその色に、仁王が食べられちゃいそうだと思った。仁王は線が細いし色素も薄い。実際彼の髪は赤く染まっていた。
仁王が私の視線に気付いて、なんじゃ、と言う。なんでもない。そう返して、私は仁王を見るのをやめた。

寂しいような、切ないような、そんな気持ちになる。あと数ヶ月で中学を卒業するからだろうか。余程のことがない限り高校にはエスカレーターで上がることができるし、友達とも、あと3年は同じ校舎にいられる。不安に思うことなんて何もないはずなのに。


――十五でねえやは嫁にゆき お里のたよりも絶えはてた

ふと私の口から落ちてきた歌に、仁王は盛大に噴出した。

「下手っぴ」
「うるさい」

確かに酷いものではあった。特に「ねえや」のあたりなんて最悪だ。しかしそんなに笑わなくてもいいだろう。「下手」の次に仁王が寄越した暴言は「音痴」だ。しかも何で3番、とも続ける。お腹を抱えて笑う仁王を睨みつけた。

「じゃあ、仁王が歌ってみなよ」
「おお。お手本聞かしちゃる」

ふん。すごい難しいんだから。仁王が歌い終わったら「下手っぴ、音痴、どこがお手本だ」と笑い飛ばしてやる。そう思って仁王の歌声に注意を傾ける。

――夕やけ小やけの赤とんぼ 負われて見たのはいつの日か


「……」
「どうじゃ」

歌い終えて、仁王は勝ち誇った顔をした。憎たらしい。私が音を外した部分もなめらかに歌いきった。私には難点を見つけられない。言葉を返せない私に、仁王はまたくつくつと笑う。
今日はよく笑うなあ。なにかいいことでもあったのかな。

「お前さんは素直じゃのう」
「なにそれ、馬鹿にしてるの?」
「いーや。おセンチな名前ちゃんもかわいいぜよ」
「……やっぱり馬鹿にしてる」


私の憂うつなんて、小さいものだ。仁王の言う「かわいい」の一言であっさりと消えてしまった。私はきっと夜ご飯をたらふく食べて、ぐっすり眠って、あたたかい布団の中でしあわせに明日を迎える。
今はそれでいいのだと思う。
避けられない、何か大きなものが目前に迫るまで。こうしてのんびり歌でもうたっていよう。



2012/10/09

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