Two for the Road 02 気が付けばもう、俺はこの部屋にいた。いつ目を開けたのかも分からない。刺すような強い夕日に照らされて、ただぼんやりと立っていた。 夢から覚めてくみたいに意識がハッキリしてくる。ここは俺の部屋やない。知り合いの誰かの部屋とも違う気がする。どこや、ここ。誰の家や。俺、何でここに……。 そこまで考えて、背筋に悪寒が走った。どうしてここにいるのか、どうやってここへ来たのか。ついさっきまで俺は何をしていたのか。思い出そうとしても、何も思い出せない。足場が崩れて深い穴に落ちていくような、最悪な気分や。 「……あかん。落ち着け」 額に手を宛てる。順番に、もっと基本的なとこから思い出していこう。そう決めたところで、下から声をかけられた。まるい二つの目がじっと俺を見とる。アメリカンショートヘアの……女の子やろか。別嬪さんや。 「自分、この家の猫なん?」 ナァー。 猫は尻尾をゆらゆら揺らして答えてくれた。どこか懐かしい気持ちになる。こうして猫と話すのはきっと初めてやない。もしかしたら俺は猫と住んでたんかもしれんなぁと思いつき、嘘やろ、そんなことも覚えてへんのかと愕然とした。 その時、ただいま、と部屋の外から女の子の声が聞こえた。その声が随分くぐもっていたから、ここは二階なんやろう。少しして、トントン、階段を上る音がした。やっぱり二階やったか。……なんて、何を悠長に。 これはまずい。 「ただいまァ」 扉が開いて部屋に女の子が入ってくる。グレーのスカートに白いブラウス。スクールバッグをリュックみたいに背負っとる。高校生やろか。 「……おかえり?」 ただいまと言われたから、おかえりと言うてみる。女の子と目が合うと、彼女は口を開けて固まった。 「……あの、怪しいモンやないです」 「……」 「泥棒とか、そんなんやないから、ほんま、」 何を言うても怪しいな、俺。一体どう説明すればええのやら。考えあぐねていると、それまできょとんとしとった女の子の顔が青ざめていく。ああ、だめや、この子は良くない想像をしとる。そうして女の子は、おかあさんと叫びながら、下におるらしい母親に助けを求めて出て行った。 「……はあ」 溜め息が出る。ウニャー、と足元で猫が鳴いた。その声には同情の色があって、元気出せよと言うてくれとるみたいで。おおきに。俺は情けなく笑うしかなかった。 耳をぴくんと動かして、猫が部屋の入口を見る。開けっ放しの扉の先には誰かがおるらしい。あの子の母親か、はたまた警察か。誰が来ても、本当のことを言おう。嘘ついてもしゃあない。 入口をじっと見る。ギッ。床が軋む音がして、母親と思しき女の人が現れた。長い棒を手にして、とても穏やかとは言えん顔や。あかん、成敗されてまう。どうする。 しかし一向に攻撃してこおへんし、何も言われん。それだけやない、不思議なことに、目が合わん。 名前。構えとった棒を下ろして、その人は部屋の外に向かってそう言った。そして、誰もいないじゃない、と続ける。ぞくりとした。 母親の言葉に、さっきの女の子が入ってくる。この子は名前というらしい。彼女は部屋に入るなり俺を見てヒッとのけぞり、手に持つ箒を俺に向けた。 「いるじゃん! 目の前にッ!」 睨み上げられる。ちょっと悲しい。しかし母親の方は「どこにいるの」と、やっぱり視線をうろつかせる。女の子が「ここだって!」と俺を見て言うが、結局母親とは一度も目が合うことはなかった。 母親が部屋を出ていく。女の子は絶望を顔にはりつけて、俺を見ている。どうすればええか分からず、引きつる顔で、笑ってみた。 2012/08/17 |