Two for the Road | ナノ



一両編成の電車が私の横を通り過ぎる。ガタゴトガタゴト、都会の電車からはきっと出ないだろう野暮ったい音を鳴らしながら。ゆっくり遠ざかっていく。私が本気で自転車を漕いだなら、追い越せてしまえそうだ。

線路沿いのこの道の両側には田んぼが広がっていて、ぽつぽつと木造りの家が建っている。それから山と、森と、竹林。草と風の青い匂い。ゲームセンターや映画館は無い。もちろんボーリング場だって無い。私が生まれ育ったこの町には、なぁんにもない。



Two for the Road 01




ついでに言えば、受験生の私には夏休みすらなかった。長い長い一学期期末試験をようやく終えてさァ夏休み、かと思えば補習授業に模擬試験、予習に課題にと大忙しだ。虫かごを持って走り回った、ただそれだけの夏休みは一体どこにいってしまったのだろう。
あの頃は何もかもに夢中だった。楽しい、嬉しい、そんな毎日を駆け抜けた。だけど次第に「興味のあるもの」と「興味のないもの」の区別が出来て、「しなきゃいけないこと」と「したいこと」は同じではなくなって。いつからか、つまらなくなって。気が付けば高校三年生の夏を迎えていた。


「ただいまァ」

戸をがらっと開けると、お母さんの「おかえりィ」と一緒に洗濯機のけたたましい音が聞こえた。超音波洗浄、なんて嘘ばっかり。

「今日は早いね」

お母さんが居間から顔を出す。台所の方からは、まだ晩ご飯のにおいはしない。

「うん」
「ご飯はまだよ。お父さんも帰ってきてないし。待てる?」
「うん、大丈夫」

今年になってからというもの、お母さんは今まで以上に勉強のことを気にしている。お母さんは言葉と視線とで私に問いかける。「あなた、どうするの?」と。そう問われる度に私はもぞもぞして、濁して逃げる。そんな攻防がずっと続いていた。
ご飯を話題にしながらも、お母さんの関心はやっぱり受験にあるようだ。探るように見つめられて居心地が悪い。

「花吉は?」

だから、咄嗟に猫のことを口にした。お母さんは一拍置いて、名前の部屋よとだけ言う。そっか。私が返事をしてすぐ、ピロリロピロリロと音がした。洗濯機が止まったときの音だ。助かった、と思った。
お母さんが奥に引っ込んだから、私も二階へ上がる。私の部屋は二階の左奥で、今日のような晴れの日には、夕焼けが部屋に差し込む。ちょうどその時間帯だから、部屋の中はさぞ暑いだろう。花吉は蒸し猫になっていやしないだろうか。

「ただいまァ」

少し開いている部屋の戸を全開にしながら、今度は花吉にただいまを言う。花吉はよく喋る猫だ。おはよう、おかえり、おやすみと、勿論全て「ニャー」と同じ音だけど、挨拶もきちんとする。けれども今日は

「……おかえり?」

花吉の代わりに、男の人が返事をしてくれた。

「……」
「……あの、怪しいモンやないです」
「……」
「泥棒とか、そんなんやないから、ほんま、」
「……おかーさーん!!」
「え、ちょっ」

ドタドタと階段を駆け下りて、台所に飛び込む。お母さんはほうれん草片手にポカンとしていた。

「なに、どうしたの」
「へ、部屋に! 誰かいる!」

詰め寄る私に、お母さんの反応は冷たい。「はあ?」と怪訝な顔をして、ほうれん草を洗い始めた。私は懸命に話す。部屋に見知らぬ男の人がいて、おかえりと言った。自分は怪しくないとも言っていた。

「怪しくないって自分で言うんだよ!? 怪しいよ! 泥棒だよ絶対!」

お母さんがやっと手を止めた。

足音を殺し、二人で階段を上る。私は箒を、お母さんは物干し竿を握りしめた。物干し竿を振り回せば部屋に傷がつくのではと考えて、いや、それより泥棒をとっちめるのが優先だと思い直す。こんな時、お母さんはとても心強い。

「名前はここにいなさい」

たくましい母の背中に頷く。お母さんは物干し竿を槍のように構えて私の部屋に突入した。しかし物音一つしない。名前、とお母さんが私を呼んだ。続けて

「誰もいないじゃない」

とお母さんが言うから、今度は私が怪訝な顔をしてしまう。恐る恐る部屋に入ると、そこにはやはり男がいた。ヒッ、と息をのむ。

「いるじゃん! 目の前にッ!」

お母さんは何を言っているんだ。箒を構えて、男を睨みつける。先刻は男の顔をしっかり見ていなかったが、この人……すごくかっこいい。なんだか困った顔をしているし、うっかり気が緩みそうだ。いかん、いかん。

「どこ? どこにいるの?」
「ここだって!」
「いないじゃない。……名前、熱中症?」

呆れた顔をして部屋から出ていくお母さん。ちょ、ちょっと! この人どうするの!? 私の訴えはお母さんに届かない。構えた箒が虚しい。

男と目が合う。彼はやっぱり困った顔で、少し笑った。



2012/08/17


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