Two for the Road | ナノ




Two for the Road 03




なんとも妙だ。床に二人して正座し、向かい合っている。彼――白石蔵ノ介さんというらしい――の横には花吉が座り、私の横には箒が横たわっている。白石さんがひと通り話し終え、私たちの間に沈黙が流れた。扇風機の音がやけに大きく聞こえる。

気が付けばこの部屋にいた? これまでのことをほとんど覚えていない? そうですか、と簡単に呑み込むことは出来ない。わけがわからなかった。
当の白石さんは始めこそ困惑していたけれど、今は絶望と諦めを混ぜたような表情をしている。私に話をすることで自分の置かれている状況を把握したのかもしれない。「何も分からない、覚えていない」という最悪な状況を。

それだけじゃない。
カロン。汗をかいたグラスの中で、氷が音を立てる。私が白石さんに出した麦茶は手を付けられることなく、白石さんの前に置かれている。ホラーだ。白石さんは、グラスを持つことが出来なかった。

「……あの」

手元に落としていた視線を持ち上げて、白石さんを見る。白石蔵ノ介さん。多分大学生。恐らくスポーツをしていた。きっと猫と住んでいた。彼の情報はこれだけで、しかも曖昧だ。そこに私は「ユーレイ」と勝手に付け足す。残酷なことかもしれない。気の毒だとも思う。だけど、人に見えない。物に触れられない。そんなの、ユーレイとしか思えない。私と花吉に霊感なるものがあったなんて、初めて知ったけれど。

白石さんは私の言葉を待っている。首を少し傾げて穏やかに微笑んでいる姿が痛々しい。

「あの、何か思い出すまで、ここにいたらどうですか?」
「……え?」
「白石さんがこの部屋にいたのも、何か理由があるかもしれませんし。……それに、花吉も白石さんに懐いてるし」

ナァ。私の言葉に応じて花吉が鳴く。白石さんは少しだけ目を大きくして私を見る。それから花吉を見て、もう一度私を見た。そして疲れたように、ふっと笑った。

「ほなお言葉に甘えて、お邪魔させてもらうわ」

おおきにな。白石さんの言葉がやさしく響く。花吉もナァナァ鳴いて、嬉しそうだ。
やけに人間味あふれるユーレイだな、と思った。ユーレイと言えば、冷たく、薄暗く、怖いものだとこれまで思っていたのに。全部ひっくり返った。白石さんにはちゃんと足もある。

それにしても不思議だ。今日までユーレイなんて一度も見たことのなかった私の前に、素晴らしくお顔の整ったユーレイが現れた。カロン、と氷が溶けて音がなる。グラスはもう汗まみれで、床も濡れている。扇風機なんて効きはしない。真夏だからだ。

白石さんのグラスを掴み、麦茶をぐいっと飲み干す。ふう。グラスを置いて、手についた水滴を払うように手首をぶらぶらさせた。そうしながら、苗字名前です。私は白石さんに名乗った。

「名前ちゃん」

白石さんが名前を繰り返す。男の人にこうしてちゃん付けで名前を呼ばれることなんてなくて、なんだかむず痒い。


そうか。もう、八月だ。夏真っ盛りじゃないか。いつもそうだ。静かに始まって、気が付けば終わっている。厄介な季節なんだ、夏というやつは。



2012/08/21


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