*小梅、重ねる*

偉大なる航路はそれはそれは危険な海。またこの海に、一人で乗り込むなんて無謀だとはわかってる。けどね、私だって憂鬱を忘れさせてくれる冒険をしたいの。たとえ一人だとしても。双子岬で会ったクロッカス先生には当然の如く呆れられちゃった。喧嘩を忘れるためにあそこへ行くなんて、って…。


気候が無茶苦茶な偉大なる航路の中にある砂漠の国。アラバスタ。ギラギラと照り付ける灼熱の太陽が私の体力を奪う。旅客船を乗り継いでこの国まで来たのだけれど。バギー海賊団の皆も置いて来ちゃった。…けどもう知らないわ。バギーのことなんてもう知らないんだから…。

まるで失恋して傷心旅行中の女みたいね。こんなの、船長が死んだ時にだって体験しなかったわ。別にいいのよ。女の恋は上書き保存なんだから。もっといい男ぐらい、簡単に見つかるのよ。

こうなったら自棄酒でも呑んでやろうかしら。お腹も減ったし、レストランで食事をしながら呑んでやるわ。ウォッカ?ウイスキー?テキーラ?それとも船長が好きだったラム?……でも、女一人で真っ昼間から呑むなんて、空しすぎるわよね。折角レストランまで来たのに注文書を眺めてるだけなんて。はぁ。溜め息が一つ。


ガシャン。物音に隣をふと見るとまだ料理の入っているの食器に頭を突っ込んで寝ている青年がいた。あらあら。困ったちゃんね。背中の刺青が目立つわぁ。
周りのお客さんは彼が死んだと勘違いしてざわめきたっているけれど。ふふ。面白いわね。むくりと彼が起き上がるとお客さんはツッコミの大合唱。愉快ね。でも私は断末魔の方が好みよ。


「ふふ。いい食べっぷりね」
「美人に褒められるたァ光栄だ」
「お名前を伺ってもいいかしら?私はナマエ」
「オレはエース。以後よろしく」
「うふふ。どうぞよろしく」


火拳のエース。白ひげ海賊団の二番隊隊長、だったかしら。手配書に載るほどの有名人だから知ってるんだけどね。礼儀正しい子だわ。
白ひげ。あの巨体と大きな背中が懐かしいわ。船長の好敵手だもの。何度か会ったことぐらいあるわ。エースくんのこの豪快っぷりは白ひげ譲りかしら?それとも


「一杯奢らせてくれないかしら?」
「いやいや。女に奢らせちゃ男の風上にもおけねェってもんだ」


あら?うふふ、いい男じゃない。船長そっくりだわ。


「いいじゃない。付き合ってもらうのは私の方なんだもの。奢らせてちょうだい」
「…そこまで言うなら」


ついでにご飯代も払っちゃおうかしら。折角の出会いなんだもの。このぐらいいいわよね?年上の余裕を見せたいってのもあるかもしれないわ。輝かしい笑顔を見ればいくらでも甘やかしちゃえそう。ニカリとした笑顔もそばかすもテンガロンハットも、全部可愛いわぁ。


「ところでこんなやつをこの国で見なかったか?探してんだ」
「あら。ルフィくんじゃない」


エースくんが取り出した手配書には笑顔の麦わらのルフィくんが映っていた。「知ってんのか!?」ええ、お友達だもの。恐らくこの町で会えるでしょうね。うふふ、と笑いながらグラスを傾けた。


「ルフィはオレの弟なんだ」


まあ、驚いた。義兄弟かしらね?確かに言われてみると、血は繋がってないけれどルフィくんとエースくん、とっても似ているわ。特にその笑顔とか。二人共海賊だしね。


「エースくんは海賊よね?君も海賊王になりたい口なのかしら?」
「昔はそう思ってた。が、今は違ェ。オレァは親父を海賊王にしてぇんだ」


そう。息子から愛されているのね、白ひげは。


「ふふ。父親のことをとても愛してるのね。……実の父親のことは、どう思ってる?」
「……オレの親父は白ひげただ一人だ」


とても怖い顔でエースくんは言った。…禁句だったわね。少し、彼のことを試してみたい気持ちがあったのだけれど。ごめんなさい、と一言断りを入れさせてもらった。
こんなこと聞いてしまったなんて、酔いが回ったのかしら?グラスに移った赤い口紅をそっと指先で拭った。


「ナマエもどっかの海賊なのか?」
「ええ。バギー一味と言うの」
「…悪ィが聞いたことねェな」


でしょうね。東の海の海賊だもの。それに小悪党だし。…今の私をバギー一味と呼んでいいのかわからないけど。


「君は今幸せ?」
「あァ!そりゃあもちろんだ!そう言うナマエはどうなんだ?」
「私?…さあ、どうなのかしらねぇ。でもエースくんに会えて嬉しいわ」


これは本心。船長に似た笑顔は少なくとも私を笑顔にしてくれるもの。照れ隠しのその笑みも微笑ましいわぁ。

ジャラジャラと音が鳴るお金が入った小袋を机の上に置いて、傘を手に取った。


「なんだ?もう行くってのか?」
「ええ。付き合ってくれてありがとう」
「奢ってくれたのはそっちだろ。礼を言うのはオレの方だ。また会いてぇな」
「そうね。その機会があれば是非また。……なんたって私の船長の息子だもの」
「!おいちょっと!」


エースくんの制止の声を無視して店を出た。背後で食器が崩れる音がした。ふふ。慌てたせいで転げでもしたのかしら?紅い傘を頭上でくるり。さて、次の島までの足を探さなくちゃ。次はどこへ行きましょうか?


船長。なんだか不思議ね。今はとても気分が沈んでいるはずなのに、笑顔を見るだけで少し気が楽になったわ。なぜかしら。きっと私が船長の笑顔が大好きだからね、船長。


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