*小梅、食する*

海上レストラン、バラティエ。その名の通り海に浮かぶレストラン。雑誌での評価も高いから、一度来てみたかったのよねぇ。今バギーはお星様だし、ちょっとくらい遠出してもいいわよね。


「本当に海の上にレストランがあるのねぇ」


上陸ならぬ上船、っと。うふふ。どんなご馳走が食べられるのかしら。船の上では広げていた傘を閉じ、まじまじと船を眺める。随分と可愛らしい船ですこと。うちの船もこれぐらい可愛ければいいのに。
あら?あそこでゴミ出しをしてるのって、もしかして「麦わらのルフィくん?」


「ンあ?あ!ナマエ!」
「どうしたの?こんなところで。転職でもしたのかしらぁ?」
「違ェぞ!」


そうよね。なんとなくわかっていたわ。簡単に海賊王を諦めるような目はしていないもの。付き合いなんてないも同然なくらい、知り合って間がないのにわかっちゃうんだから。ちょっとからかってみたくなっただけ。

ルフィくんがここにいるんだから、もしかしてナミちゃんもいるのかしら?きょろきょろと視線を泳がせて、あら発見。丁度向こうも気付いたみたい。目が合ったからにこりと微笑む。


「あ、あんた!」
「こんにちは、ナミちゃん」
「あ?誰だ?」
「うお!?スゲェ美人!!」


ルフィくん、仲間を増やしたのね。オレンジの町では寝ていて挨拶できなかった子に、新しい顔があるわ。ふふ。美人だなんて、ありがとう。

緑の頭に腹巻きをしている、前回寝ていた子、腰の刀から判断するに剣士くんは私のことを訝しげに見て「誰だ?」と口にした。


「そっか。ゾロは寝ていたから知らないのよね。あの人はバギーの一味の人よ。でも」
「バギーの…?仕返しにでも来たってか?」


カチャリ。刀の鍔に手を伸ばす音が響く。


「話は最後まで聞きなさい!そういうことする人じゃないっての!このバカッ!」
「うふふ。今日は食事に来ただけよ」


ふふ。剣士くんの頭にできたたんこぶ、痛そう。

話を聞けばルフィくんの過失でこのレストランの船の一部を壊してしまったらしくて。その償いとしてタダ働きをしてるんだとか。払い終えるまで一体どれくらいの期間働くのかしら?もしかしてこのまま旅に出られなくなったり?ふふふ。


「剣士くんとはこの前お話しできなかったわよね?寝ていたんだもの。ナマエって言うわ」
「ロロノア・ゾロだ」
「あらぁ?海賊狩りのゾロ?うふふ。有名人に会っちゃった。そっちの長鼻の君は?」
「オ、オレか?オオオレはキャプテンウソップ!偉大なる海の戦士だ!」
「あらあら?ふふ。勇敢な子なのね」


個性的な仲間ばっかり。海賊王になるにはこのぐらい奇抜なのがいいのかしら?ね、船長?

さて、私はここに食事に来たのだし、そろそろレストランに足を踏み入れるとするかしら。あら、素敵な内装。うちの船の中もこれぐらいオシャレならいいのに。


「な、ななななんつー美女!!…ごほん。ようこそ、海上レストラン『バラティエ』へ」
「予約をしていないのだけれど、大丈夫かしら?」
「もちろんです。お席へご案内します」


ありがとう、と一礼を入れて席へと向かう。面白い人だけど、身のこなしは丁寧なのね。感心しちゃう。彼は確か……副料理長だったかしら?このレストランを知るきっかけになった雑誌に載っていたわ。
その副料理長さんから出された食前酒を一口。味も香りも一級品。来てよかったわ。ますます料理が楽しみになっちゃう。

前菜、スープ。次々と出される料理はどれも最高。メインディッシュはどれだけ美味しいのかしら。胸がドキドキしちゃう。海賊料理は海賊料理で美味しいけれど、これは別格ね。あ、うちのコックを貶しているわけじゃないのよ?あれはあれで美味しいの。

ところでこの海上レストラン、海賊船並に野蛮なレストランって聞いてはいたけれど、いくらなんでも慌ただしすぎじゃないかしら?食事中は極力席を立たないこと、騒がないこと、走らないこと、がマナーだと思うのに。


「そこの女。中々上玉じゃねぇか」
「あら?私のことかしら?嬉しいわ」


騒ぎの中心は彼ね。海賊船提督の首領クリークさん、だったかしら?確か東の海ではバギー以上の凶賊だったわね。首領さんのせいで他のお客さんは帰って行ったのかしら。


「丁度いい。船と一緒にテメェも奪うとするか」


あらあら?私を?褒められて嫌な気はしないけれど、困ったものね。ワイングラスを机の上に置いて指を組む。


「私を奪うだなんて、物好きなのね。首領のクリークさん」
「危ねェ!レディ!」


挑戦的な笑みは悪党の専売特許ね。グラスの縁を指でなぞりながら、首領さんの顔を見つめる。悪そうな顔ね。私はバギーの方が好みだけど。

ふふ。副料理長さん、そんなに焦らないで。交渉能力は海賊の基本的なアビリティーでしょう?


「女は強い男が好きだから、お断りしようかしら」
「何だと…?」


あらいやね。そんなに大声を上げなくてもいいじゃない。もしかして頭が理解できていないの?はっきり言ってあげないとわからないのかしら?


「偉大なる航路から逃げて帰ってきたような弱い男には、興味ないって言っているの」
「こんの……クソアマァアアアアア!!」
「ナマエ!」
「レディー!」


首領さんご自慢のマシンガンが机を木端微塵に撃ち抜いた。硝煙。白煙が周りを覆う。
コックさん。そんなに冷や汗を流さなくてもいいじゃない。机の代金はちゃんと弁償するわ。


「ふふ。弱者はとっとと尻尾を巻いて逃げなさいな」
「なあッ!?」


首領さんの驚いた顔、魅力的、とは言えないわね。お気に入りの紅傘で一撃。首領のクリークさんはご自分の船の上に落下。よかったわね、重たい荷物を背負ってロープを登る必要がなくなって。

うふふ。たかだか東の海で名を挙げたくらいで私の前で吠えないで欲しいわ。興味なさそうにしていたのに話を聞いていたのか、ですって?ええ勿論。この小さなレストランであれほどの声で騒いでいたんですもの。聞こえない方がおかしいわ。くるり。傘を一回し。


「あの女……」
「ナマエ、オマエやるなァ!」
「ありがとう、ルフィくん。こう見えて私も海賊だから」


「へー、すげェな!」ですって。褒められると嬉しいわね、ほんと。


「料理長さん?ここのお料理、どれもとても美味しかったわ。また機会があればお邪魔したいわ」
「そいつァどうもありがとよ」
「デザートをいただけるかしら?」


やっぱり食後はデザートをいただかなきゃ。レモンのシャーベット。甘さの中の酸味がクセになりそう。

ルフィくんはあの首領のクリークさんとこの船員さんから偉大なる航路について色々聞いているみたいだけど、そんなことで大丈夫かしら?偉大なる航路はとっても広くて、とっても危険なのに。それにしてもこのシャーベット、とても美味しいわ。もう一杯欲しいくらい。

ふふ。外が騒がしいわね。そろそろ襲撃に来るのかしら?……あら?


「あの巨大ガレオン船が斬られたぞォ!!」
「錨を上げろ!」


大波に揺られて足元が覚束なくなるけれど、何とか甲板へ。ガレオン船の残骸があちこちにあるみたい。私の小舟は…あら、残念。巻き込まれたみたいねぇ。大事なものはいつも身につけてるからいいけれど、足がなくなったのは大変困ったものね。ま、当てはあるのだけれど。


「ミホークー!私!ナマエ!」
「…ナマエ?」
「やだもぅ!ひっさしぶりじゃなぁい!」


本当、こんなところで会うなんて奇遇ね。大きく振った手を下ろして観客の顔を眺めた。ここにいる人達皆、ミホークの強さを見て慄いてるみたい。ふふ、まあ当然。ミホークって世界一の剣豪と言われているのだし。最弱の海では比べる相手なんていないもの。
瓦礫を足場に飛び越え、彼の元へ。剣士のゾロくん、ミホークとやり合ったみたいね。無謀なんだか、勇敢なんだか。

跳躍。空中で番傘を広げて緩やかに着地。にこり。旧友との再会に笑顔は必要よね。


「ミホークったら、また海賊船潰し?飽きないのねぇ」
「主も人のことを言えぬだろう」


あら。返す言葉もないわ。
「知り合いか?」とルフィくん。「ええ。お友達なの」と私。いやねぇミホーク。そんなに顔を顰めないでよ。事実でしょ?

ミホーク、暇潰しで首領のクリークさんの船を斬ったらしいけれど、私とても気分がいいわ。あの人のこと、私嫌いだったのよね。ふふ。嫌いだから斬る。私ってちゃんと海賊だったのね。

立ち話もなんだし、どこかの小島でゆっくりと語り合いたいものだわ。そう思いながらゆっくりと傘を傾ける。と同時に金属音。だぁれ?今私に向かって撃ったのは。


「なんだあの傘!?じ、銃を弾いた!?」
「て、鉄の傘だ!」


お気に入りの傘に傷が入ったらどうしてくれるのかしら。まあ私の傘はそんなに脆弱ではないけれど。傷を入れたら刺身のように刻んだ後に許してあげる。うふふ。そんな肉を食べるつもりはないし、地獄に行って罪が許されるのかは知らないけれどね。


「バギー一味のナマエ。突如として現れては海賊船や軍艦を潰すって話は有名だ」
「あ、あの軟弱そうな女がですか、オーナー!?」


まあ。あの赫足のゼフさんに知られているなんて光栄ね。その話を口にした人は皆、私の顔を見てこんなやつだとは思わなかった、って言うんだもの。失礼よね。どんな顔で、どんな趣味を持とうが人の勝手じゃない?


「ところで、ミホーク。少しの間船に乗せてくれないかしら?」
「何故」
「私の船割ったの、ミホーク」


ほら。私の小舟の残骸を指差す。と、ミホークは申し訳なさそうに眉を下げた。ふふ。交渉成立ね。

くるり。ルフィくんへ振り返り、傘もくるり。


「小僧。貴様は何を目指す」
「海賊王」


ルフィくんは即答。うふふ。きっぱりと夢を口にすることのできる男は好きよ。ルフィくんも、ゾロくんも。


「いいチームだ」
「でしょ?また会いたいわぁ」


ではそろそろ行くか、とミホークに先導されたものだから大人しくここを去ることにするわ。あの船、二人乗れるかしら?


「おい、鷹の目よ。テメェはこのオレの首を捕りに来たんじゃねェのか」
「そのつもりだったがな、もう充分に楽しんだ。それに友人を送らねばならない」


強い男にはともかく、弱い男には用はないとさっき言ったばかりなのに。勘弁して欲しいわ。顔を歪めると化粧が崩れちゃうじゃない。


「帰る前に死んで行け!!」
「しつこい男ねぇ」
「懲りぬ男だ…」


そんなショボい銃、私達には無意味なのに。本当、弱い犬ほどよく吠えるのね。

そう言えばゾロくん。ミホークに己を越えてみせろ、と言われていたわね。ミホークにあれほど言わしめるなんて、海賊王候補の船員くんにもその筋があるってことなのかしら。

船長。私、今までで一番彼らに賭けてみたくなっちゃった。


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