行き掛けの駄賃(1/4)


「…犬、千種……骸様」


時々、ポロッと小さな声で縋るように呟く彼女。そんな彼女の呟きを聞いて、私達はさらに部屋の隅で体を寄せ合う。いつも頼っていた人達がいないことで不安で震える彼女は、小さな体をさらに縮めこませる。

私などでは彼女の不安を和らげることなど出来ないだろう。この時代の三人の生死はわからない。それがますます不安を増させていく。


――コツン。足音が響いた。こんなところに私達以外が立ち入るものか。考えられるのは……私達がここにいることに気付いた敵襲。素早くリボルバーの安全装置を外し、体に隠すようにして銃を構えた。


「犬?」
「っ、クロームさん!待って!」
「まさか、再び会い見えるのが10年前の姿とはなぁ。だが、ここの情報がガセでなかったことが喜ばしい」


立ち上がった彼女を制する間もなく、入口から一人の男が姿を現した。クロームさんが怯えながら後退りする。庇うように前に出て、男に銃を向けた。

鞭を手にして嫌味たらしい笑みを浮かべる男に好印象など持てない。「ヒッ」と男は引き攣るような笑いをした。
男の肩の傍では青い炎を纏うフクロウが飛んでいる。きっと匣兵器。まだ戦いに慣れていないのに、いきなりの危機直面だ。


「誰…」
「グロ・キシニアだ」


クロームさんの問いに、男は、グロ・キシニアは容易に名前を答えた。余程名を名乗っても問題ないと自信があるのか。グロ・キシニア。私の記憶に間違いがなければ6弔花の一人の名前のはず。強敵過ぎる。
そして変態的な発言。骸くん、彼女を助けてという依頼は間違っていなかったみたいだ。


「リング、リング、ボンゴレリング!」
「出てって…出てって!ここは私達の場所!」


クロームさんが三叉槍を構える。ここはクロームさんの大事な場所であり、彼女の仲間が帰ってくる場所だ。

グロ・キシニアの求めているものは、クロームさんの指にあるボンゴレリング。この時代のボンゴレリングは未来の10代目が破壊したのだとか。過去から持って来たこのリングの希少価値は高い。ボンゴレに受け継がれる指輪であるのに、まさかファミリー外からも狙われるような代物になるとは。


「いいぞ。やはりおまえは上等だ。一途な思いをぶち壊して、トラウマを植え付けるのは胸が躍るぞ」


戸惑う彼女に「いいか、少女クローム」とグロ・キシニアは続ける。


「その骸様は、私に敗れた」


信じられない言葉に、目を丸くしたクロームさんは「嘘!」と叫んで男に槍を振りかざす。簡単に避けられたグロ・キシニアに、クロームさんは鞭で頬をぶたれた。先に回り込んでクロームさんの体を受け止める。

クロームさんが幻術で、火柱を何本か立てた。けれどグロ・キシニアには通用しないよう。


「技の全てがこんな具合だ。簡単に捻ってやったものだぞ?おまえの体から実体化した六道骸など、私の誇る雨フクロウに手も足も出ずやられる様は、それは無様だった」
「嘘!骸様は負けない!」
「よかろう、見せてやる。この時代の魔法を」


宙を旋回したフクロウは、ありもしないのに大きな津波を巻き起こした。クロームさんの幻術の火柱は消されてしまう。彼女の幻術は一級品。それがこんなに簡単に消されてしまうなんて。身体能力の高さだけでは戦いに勝てないという言葉が今やっとわかった気がする。
私以上にもろに津波を食らってしまったクロームさんの体がふらりと傾く。


「雨の属性の匣の特徴は鎮静。雨フクロウの大波は炎を消し、攻撃を鎮め、人体の活動を停止に近付け、意識を闇に沈める」


この時代の戦い方を知らない私達では、このままだと簡単に殺されかねない。一時退却しなければ。持っているうちの一つの手榴弾のピンを外し、投げつけ、逃走を図った。


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